<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
    <title>永井俊哉ドットコム論文編</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nagaitosiya.com/a/" />
    <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://www.nagaitosiya.com/a/atom.xml" />
    <id>tag:www.nagaitosiya.com,2008-01-14:/a//10</id>
    <updated>2008-09-24T03:11:41Z</updated>
    <subtitle>様々な学問のジャンルからテーマを選び、独自の視点から深く掘り下げます。</subtitle>
    <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type Publishing Platform 4.01</generator>

<entry>
    <title>日本は米国に代わって世界を支配できるか</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nagaitosiya.com/a/hegemony.html" />
    <id>tag:www.nagaitosiya.com,2008:/a//10.1236</id>

    <published>2008-09-24T02:56:36Z</published>
    <updated>2008-09-24T03:11:41Z</updated>

    <summary>現在、覇権国家として、世界で支配的な権力を握っているのは米国である。将来、多くの人がそう予想するように、中国が、米国に代わって覇権国家となるのだろうか。かつて有力な候補だった日本が覇権国家となることは...</summary>
    <author>
        <name>Nagai Tosiya</name>
        
    </author>
    
        <category term="6_economics" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.nagaitosiya.com/a/">
        <![CDATA[<p>現在、覇権国家として、世界で支配的な権力を握っているのは米国である。将来、多くの人がそう予想するように、中国が、米国に代わって覇権国家となるのだろうか。かつて有力な候補だった日本が覇権国家となることはもはや不可能か。過去の覇権国家の盛衰から、覇権国家の法則を導き出し、それに基づいて、これらの問題を考えてみたい。</p>]]>
        <![CDATA[<h2>1. 覇権国家の条件は何か</h2>
<p>ここで、私は、覇権国家（hegemony）という言葉をウォーラーステイン（Immanuel Wallerstein）が使った意味で使っている。ウォーラーステインは、中核（core）と周縁（periphery）によって差異化された世界システムにおいて、単独で世界システムの経済と政治を支配する最強の中核を、特に覇権国家（hegemony）と呼んだ。第二次世界大戦以降の覇権国家は、言うまでもなく、米国である。では、米国の覇権は、今後も続くだろうか。</p>
<p>ドイツのベルテルスマン財団が、2005年に世界の主要国を対象に行った調査によると、2020年に世界の強国（world powers）としての地位を持つことが、多くの人によって予想される国は、1位が米国（57%）、2位が中国（55%）、3位が日本（32%）、4位がEU（30%）、5位がロシア（26%）であった [<a href="http://www.bertelsmann-stiftung.de/cps/rde/xchg/bst">Bertelsmann Foundation</a> (2006) <a href="http://www.bertelsmann-stiftung.de/bst/en/media/xcms_bst_dms_19189_19190_2.pdf">World Powers in the
21st Century</a>, p.16]。</p>
<p>この割合は、2005年時点での認識と比較すると、米国は24%減で、中国は10%増である。この調査からもわかるように、多くの人は、将来、米国の覇権が衰退し、中国が新たな覇権国家として浮上すると予測している。特に、中国人の返答だけに限定すると、2005年現在での強国としての現状認識は、米国（84%）の方が中国（44%）よりもはるかに高いが、2020年での予測は、中国（71%）の方が米国（42%）よりもずっと高くなっている。</p>
<p>多くの人がそう予想する理由は、中国の成長著しい経済力である。IMFによると、中国の購買力平価ベースのGDPは約7兆ドルで、約14兆ドルの米国に次いで、既に世界第二位である［<a href="http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2008/01/weodata/index.aspx">International Monetary Fund (2008) World Economic Outlook Database</a>］。中国の経済成長が著しいことから、2026年には、中国の購買力平価ベースのGDPは米国のそれを追い越すかもしれないとする予測もある［<a href="http://www.economist.com/">Economist.com</a>（2006）<a href="http://www.economist.com/theworldin/international/displayStory.cfm?story_id=5134720&amp;d=2006">The world in 2026</a>］。中国が今後も現在の経済成長のスピードを維持することができるかどうかは、はなはだ疑問であるが、では、もしも、中国のGDPが、購買力平価ベースで、さらには名目でも、米国のそれを追い越したなら、そのとき、中国は米国に取って代わる覇権国家になれるだろうか。</p>
<p>私はそうは思わない。なぜなら、GDPが世界一であることは、覇権国家であるための必要十分条件ではないからだ。英国は、1815年にライバルであるフランスに最終的に勝ってから、1873年に成立したドイツ帝国を新しいライバルとして迎えるまでの間、覇権国家として世界に君臨したが、その黄金時代の間ですら、「世界の工場」である英国のGDPが中国のGDPを超えたことはなかった［<a href="http://www.oc.jful.jp/~oc429s/newpage2.htm">GDP表</a>：実質GDPの水準］。しかしながら、この当時の中国が、とりわけアヘン戦争（1840年）敗北後の清王朝が、いくらGDPが世界一だとしても、覇権国家としての地位を持っていたとはいえない。</p>
<p>一般的に言って、GDPという尺度で測ると、国土が広くて、人口が多い国の方が有利になる。私たちは、ともすれば、覇権国家や超大国と聞いて、米国や旧ソ連や中国など、広大な領土と膨大な人口を持った国を思い浮かべがちであるが、英国、オランダ、スペインといった、かつて世界の海を支配した覇権国家は、領土も人口規模も小さい国であったことを考えると、覇権国家の条件を考え直さなければならないであろう。</p>
<p>覇権国家の条件としては、GDPよりも1人当たりのGDPの方が重要である。1人当たりのGDPをみると、1820年から1910年まで、英国が主要国の中でトップで、1920年以降は、米国がトップである［<a href="http://www.oc.jful.jp/~oc429s/newpage2.htm">GDP表</a>：1人当り実質GDP］。これは英米がそれぞれ覇権国家であった時期とよく一致している。もとより、1人あたりのGDPだけで覇権国家かどうかが決まるわけではない。ルクセンブルクは1人あたりの名目GDPが世界一だが、この小国が覇権国家だと思う人はいない。</p>
<p>では、覇権国家の条件は何か。世界を支配する権力の源泉は何か。権力には、文化資本、経済資本、政治資本という三つの源泉がある。覇権国家は、科学技術力、経済力/金融力、政治力/軍事力という三種類の権力において、他の国に対して優位にあるのだが、私は、過去の覇権国家の盛衰から判断して、科学技術力の優位が経済力/金融力の優位をもたらし、経済力/金融力の優位が政治力/軍事力の優位をもたらすと考えている。</p>
<p>通常の世界史の説明では、覇権国家の盛衰は、戦争の勝敗で説明される。例えば、「スペインは、アルマダの海戦で英国に敗れたので、覇権を失った」とか「オランダは、三回にわたる英蘭戦争に敗れて覇権を失った」とか、「フランスは、英国との第二次百年戦争に敗れたので、覇権国家になることができなかった」とか、「ドイツは二回の世界大戦で敗れたので、覇権国家になることができなかった」といった説明がそうである。しかしながら、覇権国家の盛衰は、戦争の勝敗だけでは決まらない。英国は、二度におよぶ世界大戦に勝ったが、世界大戦に勝利するたびに、覇権国家の地位から転落した。</p>
<p>戦争の勝敗は、覇権国家の盛衰に対して、二次的な影響しか与えない。一次的な影響を与えるのは、先端的な産業における主導権である。私は、この観点から、覇権をめぐる列強の争いを、次の三法則で説明してみたい。</p>
<div class="remark">
  <ol>
    <li>その時代が要求する先端技術のパラダイムで主導権を握った国が、覇権国家となる。</li>
    <li>先端産業の担い手を迫害する国は権力を弱め、彼らが移住した国は権力を強める。</li>
    <li>古い技術から新しい技術へとパラダイムが変化する時、古いパラダイムで成功した国は、変化に乗り遅れやすくなる。</li>
  </ol>
  </div>
<h2>2. 先端産業で主導権を握った国が覇権を握る</h2>
<p>大航海時代になって世界が一体化してから、さまざまな列強が覇権をめぐって争った。大航海時代の先駆者は、ポルトガルとスペインだが、ウォーラーステインは、ポルトガルやスペインは、当時イタリアの都市国家やアジア/アラブの世界帝国に対して圧倒的な力をもっていたわけではないので、中核ではあっても覇権国家ではないと考えていた。近代の世界システムにおける最初の覇権国家は、オランダであり、その次は英国であり、その次は米国である。これらの国は、なぜ覇権国家となることができたのか。</p>
<h3>2.1. オランダ</h3>
<p>世界で初めて近代的な市民革命と産業革命を起こして、資本主義国家となったのは、英国ではなくて、オランダだった。この解釈は一般的ではないが、それは、今日にまで続く学界でのアングロサクソンの覇権のおかげである。よく言われるように、歴史は勝者によって書かれる。英国人たちは、オランダ人のまねをしたにもかかわらず、オランダが世界の近代化と資本主義の成立において果たした先駆的役割を過小評価することで、自分たちの業績を過大評価させようとしているのである。</p>
<p>今日のオランダとベルギーは、かつてネーデルラント（低地）と呼ばれ、スペインの支配下にあった。1568年に、オラニエ公ウィレムが指導者となって、スペインに対して反乱を起こし、1579年に、ネーデルラントの北部7州がユトレヒト同盟を結成し、ネーデルラント連邦共和国が成立した（以下、慣例に従って、オランダと呼ぶ）。スペインという絶対主義的国家に対して、新教徒のブルジョワたちが中心になって行ったこの独立戦争は、ピューリタン革命やアメリカ独立戦争と同様に、市民革命と呼ばれてしかるべきである。</p>
<p>もしも産業革命（the Industrial Revolution 工業革命）を、手工業から人間や家畜以外の動力源を用いた工場制機械工業への移行と定義するならば、世界で最初の産業革命は、オランダで起きたと言ってよい。1594年に、コルネリスゾーン（Cornelis Corneliszoon）は、風力で動くのこぎりを開発した。のこぎりの動作は正確かつ強力で、これが船舶の大量生産を可能にした。オランダは、風車工場で、大航海時代に増大した船舶の需要に応えた。風車は、これ以外にも、灌漑、毛織物の縮絨、穀物の製粉の動力源として用いられた。ワット（James Watt）が最初の商用蒸気機関を作ったのは、1776年であるから、オランダの産業革命は、英国の産業革命に200年近く先行していたことになる。</p>
<p>オランダは、1602年に東インド会社を設立したが、これは、世界初の株式会社であった。1531年にアントワープで開設された市場では、世界初の先物取引が行われた。これは、1730年に大阪の堂島米会所で始まった先物取引に200年近く先行していた。もとより、アントワープは、現在ベルギーの北部に位置し、オランダには属さない。だから、ネーデルラントの北部7州がスペインから独立してからは、交易と金融の中心は、アントワープからアムステルダムに移った。アムステルダムは、ロンドンにその地位を奪われるまでは、世界の交易と金融の中心であった。</p>
<p>オランダは、あらゆる面から見て、世界初の近代資本主義国家だった。オランダが覇権国家になることができた理由としては、ネーデルラントはもともと毛織物産業が盛んで、気温が低下し、衣類の需要が増加した近代小氷期が有利に働いたということを挙げることができるが、風力を動力源とする産業革命によって生産性が向上したことが、オランダの覇権の源泉になっていたという事実はあまり知られていない。</p>
<h3>2.2. 英国</h3>
<p>英国は、オランダより遅れて、1642年の清教徒革命、1688年の名誉革命といった市民革命を経て、ブルジョワ経済に移行した。英国では、産業革命に先立って、18世紀に農業革命が起きた。これは、ノーフォーク農法と呼ばれる輪栽式農業による生産性の向上のことなのだが、同様の農業革命は、オランダで、ずっと以前から起きていたことであった。英国の海上帝国は、オランダの海上帝国をのっとる形で築かれた。</p>
<p>こういうと、まるで英国はたんにオランダのまねをしただけのように見えるが、英国は、オランダが成しえなかった重要なイノベーションを成し遂げた。オランダは、動力源として風力を使ったが、英国は、石炭火力を用いた。オランダが素材として木を用いたのに対して、英国は鉄を用いた。オランダが毛織物産業に終始したのに対して、英国は機械生産が可能な綿織物産業を発展させた。</p>
<p>動力源を風力に依存すると、オランダのような、風力が強いところに利用が限定されてしまう。石炭火力による蒸気機関なら、どこでも利用できるし、船や鉄道のような可動体にも使える。英国は、燃料源を木炭から石炭へと変えると同時に、石炭を利用したコークス製鉄法により、良質の鉄鋼を量産するようになった。こうした産業革命による一連の技術革新が、英国の覇権を可能にしたことは、言うまでもない。</p>
<h3>2.3. 米国</h3>
<p>1815年に、英国は、ナポレオン戦争を終結させ、長年覇権をめぐって争ってきたフランスを突き放し、その後、半世紀以上にわたって、覇権国としての地位を安定的に維持する。しかし、19世紀末になると、技術革新の停滞により、衰退が始まる。英国は、繊維産業、製鉄産業、蒸気機関による鉄道産業の技術革新を中心に起きた、いわゆる第一次産業革命を先導したが、重化学産業、電気産業、内燃機関による自動車産業の技術革新を中心に起きた第二次産業革命を先導したのは、米国とドイツであった。</p>
<p>ポスト大英帝国の覇権争いに勝ったのは、米国である。第二次世界大戦後、ライバルだったドイツの没落により、米国は、覇権国となった。ソ連は、宇宙開発といった限られた分野以外では、米国に及ばなかった。しかし、1980年代になると、米国の覇権は、日本に脅かされるようになった。日本が、バブル崩壊後、長期的に低迷するまでは、ウォーラーステインのように、米国の覇権は終了し、日本が代わりに覇権国となると予想した人もいた [Wallerstein: <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0521406048/n08-22">Geopolitics and Geoculture</a>, p.43]。</p>
<p>しかし、結局そうはならなかった。第二次産業革命の最後の勝利者は日本であったが、1980年代に、日本が時代遅れのパラダイムで勝利を収めていた後、米国は、次の技術革新のパラダイムである情報産業で、主導権をとり、新しい時代の覇権国として返り咲いた。2000年のドットコムバブルの崩壊や2007年の住宅バブル崩壊といった経済危機のたびごとに「米国の時代は終わった」という人が出てくるが、米国の覇権はまだ続いている。もちろん、米国の覇権が永遠に続くわけではない。</p>
<h2>3. 先端産業の担い手を迫害する国は没落する</h2>
<p>以上、覇権国家の成功事例を紹介してきたが、今度は、有力な候補であったにもかかわらず、覇権国家になることができなかった中核国の失敗の原因を分析してみよう。覇権国家が自由で民主主義的な政治システムによって技術革新を促進したのに対して、これらの国々は、抑圧的な政治システムによって、優れた技術者や知識人を失い、技術革新の競争に敗れている。このことを、以下確認しよう。</p>
<h3>3.1. スペイン</h3>
<p>スペインは、1580年にポルトガルを併合し、南北アメリカ、アフリカ、アジアにまたがる広大な植民地を手にし、「太陽の沈まない国」を実現した。ウォーラーステインは、スペインを覇権国家とはみなさなかったが、当時のスペインは、覇権国家の有力候補であったことは確かだ。それにもかかわらず、なぜスペインは、その後没落し、後進的な弱小国に転落したのか。</p>
<p>スペインの最盛期の国王はフェリペ2世であるが、スペインの没落のきっかけを作ったのもまた、フェリペ2世である。フェリペ2世は熱心なカトリック信者で、国内の新教徒を弾圧した。その結果、新教徒が多かったネーデルラントは独立戦争を起こし、結局スペインはネーデルラントの北部7州を失うことになった。これは、スペインにとって、致命的な出来事であった。なぜなら、当時最も重要な産業は毛織物産業であり、毛織物産業の主要な担い手は、ネーデルラントの新教徒であったからだ。</p>
<p>多くの人は、スペインは、アルマダの海戦で英国に敗れたので没落したと信じているが、もしもこの戦争がそれほど決定的ならば、スペイン没落後、オランダではなくて英国がすぐに覇権国家になってもよさそうなのであるが、実際にはそうはならなかった。そもそも、スペインが英国に無敵艦隊を派遣したのは、英国が、ネーデルラントの北部7州の独立を支援していたからであり、アルマダの海戦は、スペインがネーデルラントの北部7州を失う過程でエピソード的な意義しか持たない。</p>
<h3>3.2. フランス</h3>
<p>近代においてフランスの大国としての基礎を築いたのは、アンリ4世である。アンリ4世は、1598年にナントの勅令を発布して、新教徒対してカトリック教徒とほぼ同じ権利を与え、フランス国内の宗教戦争、ユグノー戦争を終結させた。その後、フランス・ブルボン朝は、リシュリューやマザランといった宰相の補佐により、オランダや英国と覇権を争う中核国となっていった。</p>
<p>フランスは、ルイ14世の時代に最盛期を迎える。しかし、ルイ14世は、フェリペ2世と同じ過ちを犯す。ルイ14世は、これまでの和解政策を翻し、ナントの勅令を廃止し、国内の新教徒を弾圧した。その結果、国内の産業の主要な担い手であった新教徒たちの大半は、国外（主としてライン川流域）へ逃れ、これがフランスの産業を衰退させることになった。以後、フランスは、先端産業において主導権を握ることができないまま、覇権国家のレースから外れていく。</p>
<p>多くの人は、フランスは、第二次百年戦争で英国に敗れたので没落したと信じているが、むしろ産業競争に敗れて経済的に没落したからこそ、ナポレオンのような軍事的天才をもってしても、フランスは覇権国家になることはできなかったと言うべきである。ナポレオンは、1806年に、英国を大陸の市場から締め出すべく、大陸封鎖令を発令したが、フランスが、経済先進国だった英国の代わりになることはできなかったので、フランスの同盟諸国は経済的に大いに困窮し、これが同盟諸国の反乱とナポレオンの没落をもたらすことになった。</p>
<h3>3.3. ドイツ</h3>
<p>ルイ14世が新教徒の技術者や資本家を迫害したおかげで、彼らが避難して来たドイツ西南部は先進的な工業地帯となった。そして、1871年に成立したドイツ帝国は、米国とともに、第二次産業革命を推し進めることで、英国を凌駕する工業国家として台頭するようになる。特に科学に関しては、世界の最先端に位置していた。このことは、1901-1945年における自然科学分野でのノーベル賞受賞者は、ドイツが36人で、26人の英国や18人の米国を抑えて最多であったことからも窺うことができる。</p>
<p>ところが、1933年にアドルフ・ヒトラーが権力を掌握すると、ドイツは、ユダヤ人を迫害するようになる。その結果、ユダヤ人の科学者や資本家たちがドイツからアメリカへと大挙して亡命することになった。これまでの事例においてもそうであったが、先端産業の担い手を迫害する国は没落し、その国が享受した繁栄は、彼らが移住する国によって奪われる。第二次世界大戦後、科学の最先端はドイツから米国に移り、これが米国の覇権を決定的にした。</p>
<p>多くの人は、ドイツは、第二次世界大戦で英米に敗れたので没落したと信じているが、そういう結論で満足する前に、なぜドイツは第二次世界大戦に敗れたのかをさらに考えてみる必要がある。第一次世界大戦での敗北は、ドイツにとって大きな負担になったが、ドイツは依然として、科学技術の面では世界の最高水準にあった。もしもヒトラーがユダヤ人を迫害していなかったなら、ドイツは原子爆弾の開発に成功して、第二次世界大戦に勝利していたかもしれない。逆に、レオ・シラード、ニールス・ボーア、ジョン・フォン・ノイマン、エンリコ・フェルミといった迫害を逃れて渡米した科学者たちがいなければ、米国は、原子爆弾を製造することはできなかったかもしれない。</p>
<p>科学技術力は、経済力を媒介にして、軍事力に間接的に影響を与えるのみならず、兵器の性能という点で、直接的な影響をも与える。戦争の勝敗は、覇権国家の盛衰に大きな影響を与えることがあるが、軍事力が果たす役割は、二次的、三次的なものに過ぎない。</p>
<h2>4. 古いパラダイムでの成功者は変化に乗り遅れて没落する</h2>
<p>ある技術で成功した企業が、その技術による既得権益を守ろうとして、競合する新技術の開発に消極的になり、技術変革の波に乗り遅れて没落するということはよくある。例えば、ソニーは、ベガ (WEGA) という、画面をフルフラット化したブラウン管テレビを開発し、人気を集めた。だが、この成功ゆえに、液晶テレビやプラズマテレビといった、次世代のフラットパネルディスプレイを使った薄型テレビの開発に遅れ、それがその後のテレビ部門におけるソニーの不振をもたらした。企業レベルで起きていることが、国家レベルでも起きる。</p>
<h3>4.1. オランダ</h3>
<p>多くの人は、オランダは、英蘭戦争で英国に敗れたので没落したと信じているが、これは正しくない。英蘭戦争は三度にわたって行われたが、いずれにおいても、オランダは英国に敗れてはいない。特に、第二次英蘭戦争（1665-1667年）と第三次英蘭戦争（1672-1674年）では、むしろオランダ側の方が優勢のまま和議がなった。1688年の名誉革命では、オランダの統領であるオラニエ公ウィレム3世は、2万の軍を率いて、英国に上陸し、戦わずしてジェームズ2世を王位から追放し、ウィリアム3世として、妻とともに王位に就いたのであるから、形式的には、英国はオランダに併合されたことになる。</p>
<p>だから、オランダは、イギリスに政治的・軍事的に敗北を喫して没落したわけではない。オランダは、第三次英蘭戦争後も、ヨーロッパ一の経済先進国であり、政治的・外交的地位も高かった。ただ、英国やフランスの台頭で、相対的に地位が低下しただけである。オランダが覇権国から転落するのは、18世紀の後半からである。このことを1人当たりのGDPの推移から確認してみよう。</p>
<p>オランダは、繁栄を極めた17世紀後半においても、GDPは英国の40-45%程度にしかならなかった。それでも、1人当たりのGDPは、英国よりも30-40%も高かった［Jan De Vries, Ad Van Der Woude (1997) <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0521578256/n08-22/ref=nosim">The First Modern Economy: Success, Failure, and Perseverance of the Dutch Economy, 1500-1815</a>, p.710］。以下のグラフからもわかるように、1740-60年頃になると、オランダの優位は10-15%程度となり、18世紀の末には英国に逆転されてしまう。</p>
<div class="object_bottom">
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0521578256/n08-22/ref=nosim" title="Source: The First Modern Economy: Success, Failure, and Perseverance of the Dutch Economy, 1500-1815; Author: Jan De Vries , 他; Publication Date: 1997/06; Publisher:Cambridge University Press">
<img src="hegemony_gdp.png" alt="The First Modern Economy: Success, Failure, and Perseverance of the Dutch Economy, 1500-1815" />
</blockquote>
</div>
<div class="text_bottom">18世紀から19世紀にかけての英国（実線）とオランダ（点線）の1人当たり国民所得の推定値［Jan De Vries, Ad Van Der Woude (1997) <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0521578256/n08-22/ref=nosim">The First Modern Economy: Success, Failure, and Perseverance of the Dutch Economy, 1500-1815</a>, p.707］</div>

<p>18世紀後半に起きた逆転の原因は、英国の産業革命である。オランダは、排水による国土の維持から造船にいたるまで、あらゆる動力源を風力に頼っていたので、風力が駆動する風車から石炭火力が駆動する蒸気機関へという英国が先導した動力源のパラダイム転換の流れから取り残され、その結果、覇権国から弱小国へと転落していく。</p>
<h3>4.2. 英国</h3>
<p>第一次産業革命に成功した英国は、ライバルだったフランスに競り勝ち、覇権国として、地球の四分の一を支配する帝国を築き、植民地から集まる膨大な富で繁栄を謳歌したが、それとともに、技術革新は停滞した。ドイツと米国が第二次産業革命により、新たな産業を育成している時にも、英国は、植民地をほとんど持たないそれらの後発国が自分たちの巨大な帝国を脅かすほどのものではないと油断していた。</p>
<p>一般的に言って、イノベーションを行うのは、現状に満足した中心の存在者ではなくて、ハングリー精神のある辺境の存在者である。第二次産業革命の担い手となったのは、当時は、まだ西欧文明の辺境に過ぎなかったドイツと米国であった。英国の繊維産業は、もはや先端産業ではなくなり、ドイツでは化学工業が、米国では電気工業が新たな先端産業として出現した。石炭を燃料とする蒸気機関（外燃機関）からガス/石油を燃料とする内燃機関へと動力源が変化するにつれて、古いインフラで古い技術により古い産業を続けていたイギリスの産業競争力は落ちていった。</p>
<h3>4.3. 日本</h3>
<p>米国は、第二次産業革命の推進者として、英国から覇権を奪い、ライバルだったドイツを突き放し、第二次世界大戦以後、覇権国として世界に君臨した。だが、1980年代に入ると、自動車、電気、化学といった第二次産業革命の主要な分野で、日本が技術革新の主導権を握るようになり、米国の覇権は危機に瀕した。だが、これにより、米国は「古いパラダイムでの成功者は変化に乗り遅れて没落する」という法則を免れた。ババを引いたのは、日本である。</p>
<p>私は本節の冒頭で、ソニーのベガの話をしたが、日本の失敗は、ソニーの失敗で喩えるとわかりやすい。ソニーはブラウン管テレビという古いパラダイムでなまじ成功したおかげで、薄型テレビという新しいパラダイムへの適応に遅れてしまった。日本は、第二次産業革命が生み出した古いパラダイムで最も成功したがゆえに、新しいパラダイムへの適応に遅れてしまった。最も、ここで言うパラダイム・シフトとは、作っているものの変化ではなくて、作り方の変化である。</p>
<p>第二次産業革命に最も適合的な生産システムは、フォーディズムである。フォードの名前に由来することからもわかるように、米国から始まったシステムであるが、第二次世界大戦直前にドイツや日本もこの準社会主義的なシステムを取り入れた。米国は、覇権国としての全盛期に、フォーディズムを採用し続けたが、80年代に入って、経済が悪化すると、これを放棄した。レーガン時代に行われたフォーディズムからの脱却が、その後の情報革命を可能にした。</p>
<p>これに対して、日本は、フォーディズムという古いパラダイムでなまじ成功したおかげで、過去の成功体験による呪縛から逃れられず、ポスト・フォーディズムの新しいパラダイムへの移行が進まない。前回「<a href="http://www.nagaitosiya.com/a/labor_conditions.html">どうすれば労働者の待遇は良くなるのか</a>」で終身雇用制の廃止を提案したところ、ある人は「単に欧米の真似をすればうまくいくという単純思考」と評したが、これはポスト・フォーディズムの時代に適応できるかどうかという問題であって、日本/欧米といった文化の差異が問題なのではない。</p>
<p>そもそも、終身雇用制度などというものは、明治時代の日本にはなかった労働慣行である。日本人が日本的経営と呼んでいるフォーディズムは、日本固有の経営方法でもなければ、日本の伝統的な経営方法でもない。米国から輸入した時代遅れのパラダイムに「日本的」などという民族の自尊心をくすぐるような形容をして、それに固執し続けるということは、日本の将来にとって望ましいことではない。</p>
<h2>5. 日本は覇権国家になることができるか</h2>
<p>以上、私は、覇権国家の盛衰を、三つの法則で説明してきたが、基本的な考えは「先端産業で主導権を握った国が覇権を握る」という第一法則で尽きている。そして、この法則に基づいて、中国が2020年までに覇権国家になるということはまずないと判断できる。</p>
<p>中国は人口が多いので、優秀な人材も多く、彼らが米国で先端的な科学技術を学んでいるのは事実であるが、それにもかかわらず、中国国内ではいっこうに先端産業が育っていないのは、人材や技術に問題があるからではなくて、社会システムに問題があるからだ。</p>
<p>中国のような社会主義経済は、第二次産業革命を遂行する上では効率的ではあるが、情報社会における先端産業を育成するには、社会主義を脱して自由で民主主義的な政治システムに移行する必要があるのだが、中国が現在の共産党による独裁体制から脱却することは、日本が従来の開発独裁体制から脱却する以上に困難である。</p>
<p>中国が永遠に覇権国になれないというわけではないが、あと10年か20年で覇権国になるというのは無理である。短期的には、まだ日本の方が、覇権国になる可能性が高い。日本は、中国と比べて国土が狭く、人口も小さいが、オランダや英国よりも国土も人口規模も大きいのだから、それが理由で覇権国になることができないということはない。</p>
<p>こう言うと、オランダや英国は海外に広大な植民地を持つことができたから覇権国になることができたのであって、現代の日本は、それができない以上、覇権国になることはできないのではないかと反論する人もいるだろう。また、日本は、戦争アレルギーが強いので、米国のような「世界の警察」としての役割を果たすことができないと考える人もいるだろう。</p>
<p>たしかに、国外の領土を政治的に支配することはできないが、株式を取得して海外の企業を経済的に支配することならできる。海外の労働者が稼ぐ利益の一部が本国に上納されるのであるから、これは経済的帝国主義である。情報社会の時代における経済的帝国主義の維持には、工業社会の時代における政治的帝国主義の維持の時とは異なって、強力な軍隊などは必要でない。</p>
<p>工業社会の時代においては、各国の国民経済は自立性が高くて、経済制裁はあまり効果を発揮しない。しかし1970年代以降の情報社会においては、グローバル化とボーダレス化が進むので、各政治単位の経済的自立性が低くなり、経済的帝国主義に対する反乱は、経済制裁だけで鎮圧することができるようになった。</p>
<p>例えば、ジンバブエを例としてあげよう。ジンバブエは、かつて白人が支配する英国の植民地であったが、1980年に成立したジンバブエ共和国では、黒人のロバート・ムガベが首相（後には大統領）に就任した。ムガベは、2000年8月から「農地改革」と称して、白人農場主から農地を強制収用し、黒人に再配分した。2008年3月には、国内全企業の株式の過半数を地元の黒人住民に所有させる法案に署名した。これは経済的帝国主義の支配に対する反乱である。</p>
<p>その結果、どうなったか。技術力のある白人が農業経営から撤退したことで、農業の生産性が大幅に減少し、さらに、外資がジンバブエから撤退したことで、ジンバブエでは、記録的なハイパーインフレが生じた。</p>
<blockquote cite="http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20080731-OYT1T00108.htm" title="Source:読売新聞：超インフレ、ジンバブエが１００億分の１へ通貨切り下げ; Accessed Date: 9/24/2008" class="blockquote"><p>ＡＰ通信によると、超インフレが続くジンバブエの中央銀行は３０日、１００億ジンバブエ・ドルを１ジンバブエ・ドルとするデノミ（通貨単位の切り下げ）を８月１日に実施すると発表した。</p>
  <p>政治・経済双方で混乱が続く同国ではインフレ率が２００万％を超えており、先週、前代未聞の１０００億ジンバブエ・ドル札が導入されたばかり。１０００億ドルでも卵３個程度しか買えず、現金自動預け払い機（ＡＴＭ）の運用にも支障が出ていた。ただ、大幅なデノミでさらに混乱が広がる可能性もある。</p>
  <p>大規模なデノミとしては、第１次大戦後の１９２３年、ドイツが１兆マルクを１マルクにした例がある。 </p>
</blockquote><div class="cite">［読売新聞：2008年7月31日］</div><p>経済帝国主義の反乱者を鎮圧するためには、軍隊を送る必要はない。経済制裁と市場原理により、反乱者は自滅してくれる。</p>
<p>経済帝国主義は、覇権国が技術や資本を提供する代わりに、その対価を受け取るという互恵的な支配関係であり、暴力なき権力に基づいている。暴力がなければ維持できない権力よりも、暴力がなくても維持できる権力の方がはるかに強力であり、持続可能である。</p>
<p>米国の覇権が後退すると、世界が無秩序化し、安全保障がおろそかになると危惧する人もいるが、9/11以降の世界情勢を見ると、米国の覇権が衰えた方が世界は平和になるのではないかと思わざるをえない。日本が、経済制裁をすることはあっても、軍事力を行使しない覇権国家として世界を支配することは可能であるし、世界各国もそのような覇権国家を歓迎するだろう。</p>
<p>最後に、日本が覇権国家になるにはどうすればよいのかを考えてみたい。日本が覇権国家を目指すのであれば、食料、新エネルギー、環境といった、焦点となっている分野で、技術的に主導権を握らなければならない。だからといって、政府が大学や関連企業に補助金をばら撒くといった工業社会型・開発独裁型の「振興策」をとるべきではない。<a href="http://www.dpj.or.jp/special/bira/images/01/06031P-4P.pdf">民主党は農家に所得補償をすることを公約にしている</a>が、こうしたばら撒きもするべきではない。</p>
<p>私の提案は、法人税・事業税を廃止して、代わりに環境税を導入することだ。そうすれば、企業は、環境税の負担を減らすために、環境技術や代替エネルギーの開発に投資するようになるだろう。官僚が、自分らで「有望な技術」を指定して、補助金をつけるという方法よりも、民間の創意工夫が生かされるので、技術革新を促進する。</p>
<p>食料に関しては、まず、農業は、補助金で守らなければいけない衰退産業ではなくて、新技術により付加価値が付くハイテク産業であるという認識を持つことが重要である。この認識に基づいて、農協を解体し、株式会社による農業経営への参加を促進するべきである。</p>
<p>国内で、新技術の開発に成功したら、それを用いて、世界のマーケットでビジネスを展開すればよい。世界は、今、食料・エネルギー価格の高騰と環境悪化に苦しんでいる。この分野で日本が覇権を握っても、誰も非難しないし、逆に歓迎されるだろう。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>どうすれば労働者の待遇は良くなるのか</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nagaitosiya.com/a/labor_conditions.html" />
    <id>tag:www.nagaitosiya.com,2008:/a//10.1233</id>

    <published>2008-07-15T02:42:27Z</published>
    <updated>2008-07-17T01:16:04Z</updated>

    <summary>2008年6月8日に、将来を絶望した派遣社員、加藤智大が秋葉原で無差別殺傷事件を起こしたことで、派遣社員の劣悪な労働条件に世間の注目が集まった。事件後、舛添要一厚生労働相は、日雇い派遣を禁止する方針を...</summary>
    <author>
        <name>Nagai Tosiya</name>
        
    </author>
    
        <category term="9_policy" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.nagaitosiya.com/a/">
        <![CDATA[<p>2008年6月8日に、将来を絶望した派遣社員、加藤智大が秋葉原で無差別殺傷事件を起こしたことで、派遣社員の劣悪な労働条件に世間の注目が集まった。事件後、舛添要一厚生労働相は、日雇い派遣を禁止する方針を打ち出し、2008年秋の臨時国会に、労働者派遣法改正案が提出される予定である。しかし、こうした法的規制で問題は本当に解決するのか。派遣社員を含めたすべての労働者の待遇を改善するにはどうすればよいのか、抜本的な解決策を探りたい。</p>]]>
        <![CDATA[<h2>1. 労働者派遣制度の本当の問題点は何か</h2>
<p>2008年7月3日に総務省が発表した就業構造基本調査によると、2002年から2007年にかけての5年間で、正社員（正規雇用労働者）が3.6%減少したのに対して、労働者派遣事業所の派遣社員は、1.6%も増加した［<a href="http://www.soumu.go.jp/index.html">総務省</a>：<a href="http://www.stat.go.jp/data/shugyou/2007/pdf/gaiyou.pdf">平成19年就業構造基本調査結果の概要（速報）</a>p.10］。これは、労働者にとっては、憂うべき傾向である。派遣社員は、正社員と同じような仕事を同じ時間やっても、正社員ほど高い収入を得ることができないからである。</p>
<p>派遣社員は、直接企業に雇用されているわけではないので、派遣先企業が支払う人件費を満額受け取ることができない。派遣元企業が労働者の派遣によって受け取るマージン率は、派遣先が派遣元に支払う金額の3割前後である。もちろん、派遣元企業の取り分の中には、保険料のように、労働者が負担するべき費用も含まれていることもあるが、派遣元企業が仲介することで、労働者から見れば、賃金が割安となり、雇用者側から見れば、人件費が割高になっているという事実は、否定できない。</p>
<p>人件費が高くなるにもかかわらず、企業が、あえて労働者を直接雇用せずに、派遣社員を間接雇用する理由は何であろうか。自社だけでは、適任の労働者をすぐに見つけることができないからだろうか。そうではない。もしも派遣元企業の仕事が、たんに労働者を探して紹介することだけなら、派遣先企業は、派遣元企業に、小額の紹介料を1回払うだけですむはずであり、毎月派遣元企業に金を払う必要はない。企業が正規雇用に躊躇する本当の理由は、解雇のためのコストが途方もなく高いからである。</p>
<p>日本では、いまなお終身雇用制（厳密に言えば、定年雇用制）の慣行が続いている。企業は、新卒の若年労働者を採用し、原則として定年まで雇用し続ける。解雇には相応の理由が要求され、解雇する場合でも、転職先を紹介しなければならないのが普通である。そのため、日本企業は、不要になった労働者であっても、社内失業者、いわゆる「窓際族」として雇用し続けるということが多い。これは、企業にとっては大きなコストであり、このコストに比べれば、派遣元企業に支払う手数料は、安いものだというのが、派遣社員を受け入れている企業の認識である。</p>
<p>企業に人材派遣会社の利用をやめさせ、正社員を雇用させ、労働者に直接給料を支払わせるには、正社員を解雇するコストを大幅に下げる必要がある。もちろん、ゼロにするのが最も好ましい。しかしながら、こうした提案をする政治家はほとんどいない。辻広雅文氏は、ワーキングプアである派遣社員を救うには、正社員のクビを切りやすくする法制度改革が必要であることを認めつつも、そうした改革は、正社員たちが自分たちの既得権益を守ろうとするために、実現することはないだろうと言っている。</p>
<blockquote cite="http://diamond.jp/series/tsujihiro/10011/?page=2" title="Source: 正社員のクビを切りやすくする改革は受け入れられるか｜辻広雅文　プリズム+one｜ダイヤモンド・オンライン; Accessed Date: 7/9/2008" class="blockquote">
  <p>虐げられた人びと、ワーキングプアたちを救えという声は多く聞こえるが、正社員の雇用に手をつけるという視点は、世の中のどこにもない。それは、メデイアを含めて影響力のある人びとの多くが正社員という既得権者であるからだ。</p>
  </blockquote><div class="cite">［<cite><a href="http://diamond.jp/series/tsujihiro/10011/?page=2">正社員のクビを切りやすくする改革は受け入れられるか｜辻広雅文　プリズム+one｜ダイヤモンド・オンライン</a></cite>］</div>
<p>辻広雅文氏は、派遣社員が定年雇用性の犠牲者であるのに対して、正社員はその受益者であると考えているが、雇用の流動化は、本当に正社員に不利益をもたらすのであろうか。</p>
<h2>2. 正社員も定年雇用制の犠牲者である</h2>
<p>定年雇用制は、全世界で崩壊しつつある。日本では、依然として、この雇用慣行が守られているのだが、だからといって、日本の正社員は、海外の正社員よりも恵まれていると言うことができるだろうか。このことを検証するために、定年雇用制が完全に崩壊している米国とそうでない日本とで、労働者の待遇を比較してみよう。</p>
<p>2007年11月に、E2パブリッシング株式会社は、米国の提携先と共同で、日米のエレクトロニクス・エンジニアの給与を調査したところ、次のような結果を得た。</p>
<div class="object_top"><blockquote cite="http://www.e2p.co.jp/" title="Source: E2 パブリッシング株式会社 - E2 Publishing Corporation -; Accessed Date: 7/10/2008"><img src="labor_conditions_usa_jpn.png" alt="エンジニアの待遇の日米格差" /></blockquote></div>
<div class="caption_bottom">エレクトロニクス・エンジニアの待遇の日米比較。平均年収の水準や平均転職回数から判断して、調査対象となった日本のエンジニアのほとんどは正社員と考えられる。［<a href="http://www.e2p.co.jp/">E2 パブリッシング株式会社</a>：<a href="http://www.e2p.co.jp/pdf/071107_Survey_Salary.pdf">米国と日本のエンジニアの平均年収に500万円の差
「EE Times Japan」の給与/意識調査で明らかに</a>］</div>
<p>調査対象の平均年齢も平均職務年数も、日米ともほぼ同じであるが、平均年収に大きな違いがある。さらに、平均勤務時間は日本の方が米国よりも長いので、単位時間当たりとなるとさらに大きな差がつく。これは、米国のエンジニアが日本のエンジニアよりも優秀であるからではない。エレクトロニクスは日本が最も得意としている分野の一つであり、おそらく平均的なエンジニアの質は日本のほうが上だろう。それにもかかわらず、これだけ大きな待遇の差が生じる理由は何か。</p>
<p>平均転職回数の項目を見てみよう。日本のエンジニアが0.8回であるのに対して、アメリカのエンジニアは3.1回もある。アメリカでは、待遇改善のために頻繁に転職がなされるが、日本ではそういうわけにはいかない。日本では、会社の業績が悪化すると、経営者が、従業員に、サービス残業や給料の削減を要求するが、従業員は、たいがい転職せずに、おとなしく要求を呑む。同じことをアメリカでやったら、従業員は、無能な経営者を見限って、もっとまともな会社に転職してしまう。日本のエンジニアの方が、アメリカのエンジニアよりも給料が安くて、労働時間が長いのはこのためであろう。</p>
<p>待遇を悪化させても転職しない日本の労働者は、中国人の目にも奇異に映るようだ。中村修二氏は、日本で起業した中国人の経営者の話をこう紹介している。</p>
<blockquote cite="http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080519/302262/?P=1&amp;ST=management" title="Source: だから技術者は報われない：ITpro; Accessed Date: 5/23/2008" class="blockquote">
  <p>彼が言うわけですよ、日本で会社を経営するのは楽ですよと。業績が悪くなったら給料を減らせばよい。また悪くなったらさらに削る。こうしてどんどん給料を減らしていっても、社員はほとんど会社を辞めない。こんなに会社経営が楽な国はないって。中国で同じことをやったら、社員はあっという間に霧散して一人もいなくなる。米国だって同じ。だから、経営者は第一に社員の処遇を考えなければならない。処遇の改悪はぜったいにできないから、本業で業績を上げることを真剣に考え、取り組まざるを得ないわけです</p>
</blockquote>
<div class="cite">［<cite><a href="http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080519/302262/?P=1&amp;ST=management">だから技術者は報われない：ITpro</a></cite>］</div>
<p>中村修二氏が主張するように、労働者たちが経営者に対して「待遇を改善しないと他の会社に行くぞ」と脅すことができるようにならない限り、労働者の待遇はいつまでたっても良くならないだろう。にもかかわらず、日本の労働者は、なぜその手段に訴えないのか。</p>
<p>日本の企業社会では、正社員は、本人によほどの落ち度がない限り、解雇されることはない。こういう慣行があまねく行われている社会は、会社を辞める人に対して「よほどのことがあったにちがいない不適合者」というレッテルを貼る社会でもある。</p>
<p>もちろん、理論的には、本人には何の落ち度もなく、たんに自発的に退職したということもありうるのだが、日本企業では、再就職が難しくなるといけないからという温情から、本人の落ち度を隠して離職処理をするということがしばしば行われており、また再就職希望者を審査する人事部が、そうした内情を最もよく知っている当事者ということもあって、いくら再就職希望者や元の職場が、本人に落ち度があったわけではないといっても、信じてもらえない。日本企業が、中途採用よりも新卒採用を好む最大の理由は、新卒採用では、そうしたリスクがないからだ。</p>
<p>日本の正社員が、転職に消極的なもう一つの理由は、転職すると、新しい職場でいじめられる可能性があるからである。新卒採用・定年退職・年功序列を特徴とする日本の典型的な職場においては、実年齢と入社後の年数と職場での地位が連動している。そうした先輩/同期/後輩の身分秩序が厳然と存在する職場に、実年齢と入社後の年数と職場での地位が相関しない中途採用の社員が入ってくると、格好のいじめの対象となる。蓋し、<a href="http://www.nagaitosiya.com/a/bullying.html">いじめとは、異物の排除によって秩序を再設定しようとするカタルシスである</a>。</p>
<p>転職者に社会的不適合者というレッテルを貼る風潮が支配的であるなら、なおさらいじめの対象になりやすい。少数派に転落して、いじめられるのがいやなので、みんな転職に消極的になるのだが、転職が少ないがゆえに、ますます転職がしにくいというポジティブ・フィードバックが働くので、いっこうに雇用が流動化しないのが日本の現状である。</p>
<p>日本には、転職の自由は、形式的にはあるが、実質的にはない。日本の企業の中にいる正社員は、いわば檻の中の囚人のようなもので、どこにも逃げることができない。経営者はそれがわかっているから、社員がいなくなることを心配せずに、サービス残業やら給料カットやら、無理難題を平気で正社員たちに押し付けることができる。</p>
<p>このように虐げられているにもかかわらず、囚人たちは、檻の鉄格子を、自分たちから自由を奪い、自分たちの生活を惨めにしている桎梏としてではなく、自由経済の荒波から自分たちを守ってくれるありがたい防御壁と勘違いし、そこから脱出しようという気を全く持たない。そして、囚人たちを、檻の中から解放してやろうとすると、彼らは「俺たちを殺すつもりか」などと言って大騒ぎをし、鉄格子にしがみついて抵抗を試みる。辻広雅文氏の文にあったように、日本の正社員たちは、檻の中に監禁されていることを自分たちの「既得権益」であると思って、むしろその維持に懸命になっているのである。</p>
<p>実際には、敗者と言われる派遣社員のみならず、勝者と言われている正社員までもが、硬直的な正規雇用制度の犠牲者である。では、硬直的な正規雇用制度の真の受益者は、経営者かといえば、そうでもない。たしかに、有用な人材を長期的に保有し続けることができるというメリットもあるが、それは、不要な人材を長期的に保有し続けなければいけないというデメリットと抱き合わせである。</p>
<p>かつて、硬直的な正規雇用制度にデメリット以上のメリットがある時代があった。画一的製品を長期にわたって安定的に量産する工業社会では、生産者は均質な人材を長期にわたって安定的に確保する必要があった。工業社会は、増大する人口の最低限の需要を満たす上で適合的な社会の段階であるが、この段階を超えると、消費者は、商品の量ではなくて質を要求するようになる。この新しい段階の社会を私は情報社会と名付けている。日本を含めた先進国は、既に1970年代以降、この段階に入っている。情報社会は、短期間のうちに多品種の商品を少量生産するので、それに応じて、労働者も機動的に変化させなければならない。</p>
<p>情報社会化の進展により、終身雇用制は、世界的に崩壊しつつあるが、日本は相変わらず、古い雇用システムに固執している。グローバル化が進んでいる現代にあって、日本だけが硬直的な雇用システムを維持していることは、日本の国際競争力の維持という点で由々しき事態を惹き起こすことになる。</p>
<p>日本の技術者の中には、海外に活路を見出そうとする人がすでに出ている。</p>
<blockquote cite="http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080519/302262/?ST=management&amp;P=4" title="Source: だから技術者は報われない：ITpro; Accessed Date: 7/14/2008" class="blockquote"><p>すべての技術者が泣き寝入りしたわけではない。それを不服とし、自らの専門技能を生かすべく会社を辞めていった人たちがいた。多くの技術者の証言によれば、その大きな受け皿になったのが韓国メーカーだった。こうした人材を大量雇用することで、韓国メーカーは日本メーカーが蓄積してきた技術やノウハウを、短期間で習得することができたのだという。</p></blockquote><div class="cite">［<cite><a href="http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080519/302262/?ST=management&amp;P=4">だから技術者は報われない：ITpro</a></cite>］</div>
<p>韓国の企業であるサムスン電子が、冷遇されている日本企業のエレクトロニクスの技術者を高い給与で引き抜き、短期間のうちに日本のテクノロジーを習得し、日本のすべてのエレクトロニクス企業を凌駕するほどの成功を収めたことはよく知られている。</p>
<p>日本の企業は、転職者に対する偏見が強く、経営者に理解があって、転職者を受け入れても、職場では異物としていじめられる傾向にある。しかし、海外の企業は、転職者への偏見を持たず、職場にも、中途採用を理由に同僚をいじめる習慣はない（例えば、韓国には終身雇用の慣習はほとんどない）。だから、待遇に不満を持つ日本の正社員にとって、外国の企業は、理想的な転職先である。現在、韓国のみならず、台湾、中国、シンガポールといったアジア各国が日本の優秀な技術者の引き抜きに力を入れている。</p>
<p>日本企業が、今後も「正社員はどこにも逃げはしまい」と高をくくって、処遇の改善に努めないなら、技術者と技術の流出がさらに加速するだろう。世界の潮流に反して硬直的な雇用システムを墨守し続けることは亡国のシナリオである。国内の雇用を流動化し、有能な人材に逃げられる無能な経営者の企業がつぶれるようにしなければならない。もしそうしなければ、有能な人材が海外に逃げることで、日本自体がつぶれることになる。</p>
<h2>3. 新しい時代にふさわしい雇用システムを作れ</h2>
<p>日本の雇用システムを情報社会の時代に適合的にするためには、労働者を弱者と規定して過剰に保護することなく、労働市場における売り手と買い手を完全に平等に扱う必要がある。</p>
<p>日本の民法は、雇用契約の解除に関して、労働者と使用者を対等に扱っている。</p>
<blockquote cite="http://www.houko.com/00/01/M29/089B.HTM#s3.2.8" title="Source: 民法・第３編　債権; Accessed Date: 7/14/2008" class="blockquote"><p>当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から２週間を経過することによって終了する。</p></blockquote>
<div class="cite">［<cite><a href="http://www.houko.com/00/01/M29/089B.HTM#s3.2.8">民法 第3編</a> 第627条 第1項</cite>］</div>
<p>だが、労働基準法は、労働者よりも使用者に大きな責務を与えている。</p>
<blockquote cite="http://www.houko.com/00/01/S22/049.HTM#s2" title="Source: 労働基準法; Accessed Date: 7/14/2008" class="blockquote"><p>使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも30日前にその予告をしなければならない。30日前に予告をしない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。</p></blockquote><div class="cite">［<cite><a href="http://www.houko.com/00/01/S22/049.HTM#s2">労働基準法</a> 第20条 第1項</cite>］</div>
<p>また、労働契約法は、解雇には正当な事由がなければならないとしている。</p>
<blockquote cite="http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H19/H19HO128.html" title="Source: 労働契約法; Accessed Date: 7/14/2008" class="blockquote"><p>解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。</p></blockquote><div class="cite">［<cite><a href="http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H19/H19HO128.html">労働契約法</a> 第16条</cite>］</div>
<p>この労働契約法は、2008年3月1日から施行された新しい法律であるが、この法律が施行される以前から、整理解雇四要件に関する判例の積み重ねがあり、会社都合では容易には解雇できないようになっている。そこで、私は、肥大化した労働者の過剰保護を削減し、雇用契約の解除に関する法的規制を、労使が平等である民法第627条の規制にまで緩和することを提案したい。</p>
<p>雇用を流動化する上でのもう一つの障害は、労働組合である。労働組合を組織し、組合活動をする権利は、日本国憲法第28条で保障されているので、労働組合の禁止は容易ではないが、日本国憲法といえども、時代に合わなくなった条項は変更するべきだろう。</p>
<p>労働組合は、工業社会の時代においては、労働者の待遇を向上させる上で、有効に機能した。しかし、情報社会では、均一な労働力の対価（労賃）を画一的に引き上げるということ自体が無意味なので、労働組合の存在意義は、なくなりつつある。実際、労働組合の組織率は年々低下し、平成18年現在、18.2%にまで低下している［<a href="http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/roushi/kiso/06/kekka.html">厚生労働省：平成18年労働組合基礎調査結果の概況</a>］。</p>
<p>派遣社員の待遇が悪いからといって、派遣社員が労働組合を結成し、ストライキをやって待遇の改善を要求しても、問題の解決には全くならない。労働者の待遇を強制的かつ一律に向上させると、雇用が減少するので、失業者が増え、貧困問題はいっそう悪化する。法律によって、派遣業を禁止したり、正社員化を義務付けたり、法定最低賃金を引き上げたりといった手段を用いた場合も同様の帰結をもたらすので好ましくない。労使の選択の自由を奪うことによってではなく、むしろ全く逆に、労使の選択の自由を拡大することによって、貧困問題を解決しなければならない。</p>
<p>労使の選択の自由を拡大し、雇用を流動化すると、有能な正社員の待遇が良くなる一方で、そうではない正社員（特定の職場だけでではなくて、どの職場でも無能な正社員）の待遇は逆に悪化するのではないかと危惧する人もいるであろう。そのとおり、格差は、拡大する。だが、たとえ、格差が拡大しても、有能な人材が海外に流出することを阻止することを優先しなければならない。賃金が低すぎて、生活できない労働者に対しては、<a href="http://www.nagaitosiya.com/a/welfare.html">社会保険金の支給で最低限の生活ができるようにすればよい</a>のだが、生産性の高い人材が国内に残らなければ、社会保険料の支払い手がいなくなってしまう。</p>
<p>終身雇用制が崩壊すると、企業は、終身雇用を前提に行ってきた社内研修や技術伝承に消極的になるのではないかと危惧する人もいるかもしれない。たしかに、金をかけて育てた若手従業員が、他の職場に転職したら、企業としては、人的資源への投資を回収できないということになる。それならば、社内研修や技術伝承を、終身雇用とのバーターで勤務時間内に行う無償のサービスから、勤務時間外に行う有料のサービスにすればよい。教育サービスを独立したビジネスにすれば、育てた人材が他の企業に転職しても、教育サービスの提供者は、不利益を被ることはない。</p>

<div class="postscript">追記</div>
<p>「転職が少ないがゆえに、ますます転職がしにくいというポジティブ・フィードバックが働く」という表現に対して、読者から「ポジティブ・フィードバック」は、「ネガティブ・フィードバック」の間違いではないかという指摘がメールでなされたが、ポジティブ・フィードバックとは、変動がその変動をさらに促進するループ作用のことで、変動の内容がポジティブかネガティブかということとは関係がない。つまり、「転職の減少が更なる転職の減少をもたらす」あるいは「転職の増加が更なる転職の増加をもたらす」ならば、これらのループ作用は、ポジティブ・フィードバックであるが、「転職の減少が逆に転職の増加をもたらす」あるいは「転職の増加が逆に転職の減少をもたらす」ならば、これらのループ作用は、ネガティブ・フィードバックである。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>オーストラリア人は鯨肉を食べろ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nagaitosiya.com/a/whaling.html" />
    <id>tag:www.nagaitosiya.com,2008:/a//10.1012</id>

    <published>2008-05-05T05:56:07Z</published>
    <updated>2008-05-05T06:53:06Z</updated>

    <summary>ケビン・ラッド政権の時代になってから、オーストラリアは、公式に、日本の調査捕鯨に抗議するようになった。オーストラリアでは、昔から反捕鯨の世論が強いが、捕鯨をして鯨肉を食べなけれべならないのは、日本人よ...</summary>
    <author>
        <name>Nagai Tosiya</name>
        
    </author>
    
        <category term="9_policy" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.nagaitosiya.com/a/">
        <![CDATA[<p>ケビン・ラッド政権の時代になってから、オーストラリアは、公式に、日本の調査捕鯨に抗議するようになった。オーストラリアでは、昔から反捕鯨の世論が強いが、捕鯨をして鯨肉を食べなけれべならないのは、日本人よりもむしろオーストラリア人の方ではないのか。</p>]]>
        <![CDATA[<h2>1. 日豪捕鯨論争勃発</h2>
<p>2007年11月にオーストラリアで行われた総選挙で、最大野党だった労働党が過半数を制し、11年半ぶりに政権を奪取した。自由党党首のジョン・ハワード首相は、退陣し、1996年以来続いた保守政権の時代が終わった。</p>
<p>もともと、オーストラリア人の間では、反捕鯨の世論が強かったが、日豪関係を重視していたジョン・ハワードは、日本の捕鯨活動を批判することはなかった。だが、労働党のケビン・ラッド党首は、首相就任後早々（2008年2月10日）に、税関の巡視船を派遣し、日本の自称「科学的調査捕鯨」が違法である証拠を収集して、国際司法裁判所あるいは国際海洋法裁判所へ訴訟することを検討すると述べるなど、反捕鯨政策を前面に打ち出した。</p>
<p>こうしたオーストラリアで盛り上がる日本叩きに対して、日本では感情的な反発が高まっている。YouTubeでは、日本人と思われる人物が投稿した&#8220;<a href="http://jp.youtube.com/watch?v=b7dmXwB8LBA">Racist Australia and Japanese whaling</a>&#8221;なる反豪動画が大きな反響を呼んだ。この動画のコメント欄では、日本人とオーストラリア人と野次馬たちの口汚い罵り合いが続いている。</p>
<div class="object_top"><blockquote cite="http://jp.youtube.com/watch?v=b7dmXwB8LBA" title="Source: YouTube - Racist Australia and Japanese whaling 白豪主義オーストラリア; Accessed Date: 5/5/2008"><object width="425" height="355"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/b7dmXwB8LBA&hl=ja"></param><param name="wmode" value="transparent"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/b7dmXwB8LBA&hl=ja" type="application/x-shockwave-flash" wmode="transparent" width="425" height="355"></embed></object></blockquote></div><div class="caption_bottom">［SasukeShippuden3：<a href="http://jp.youtube.com/watch?v=b7dmXwB8LBA">Racist Australia and Japanese whaling 白豪主義オーストラリア</a>］</div>

<p>これに対して、オーストラリアでは、「日本人をよりよく理解するために、日本人の科学的調査をするべきだ」といった冗談（以下の動画）が流行したりして、日豪関係はかつてなく険悪になっている。</p>
<div class="object_top"><blockquote cite="http://jp.youtube.com/watch?v=pZMZmNZov2g" title="Source: YouTube - Racist Australia and Japanese whaling; Accessed Date: 5/5/2008"><object width="425" height="355"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/pZMZmNZov2g&hl=ja"></param><param name="wmode" value="transparent"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/pZMZmNZov2g&hl=ja" type="application/x-shockwave-flash" wmode="transparent" width="425" height="355"></embed></object></blockquote></div><div class="caption_bottom">［<a href="http://www.abc.net.au/tv/chaser/war/">ABC TV</a>：<a href="http://jp.youtube.com/watch?v=pZMZmNZov2g">Chaser's: War on Everything
</a>］</div>

<p>日本の捕鯨擁護論をみていると、日本の国益という観点からなされたナショナリスティックなものが多いが、これでは、オーストラリア人を説得することができない。オーストラリア人に納得してもらうには、オーストラリアの国益という観点から、捕鯨の必要性を説くべきだろう。</p>
<h2>2. オーストラリアはなぜ砂漠化しているのか</h2>
<p>現在のオーストラリア人にとっての最大の悩みは、旱魃と国土の砂漠化である。特に2003年から始まった旱魃は、「観測史上最悪」 [ABC: <a href="http://www.abc.net.au/rural/news/stories/s938242.htm">Worst drought on record</a>] で、穀物の生産高は、平年と比べて半減し、綿花生産量は、66%減少した。農家の中には、農地を手放したり、自殺したりする人が増えている［BBC：<a href="http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/6065220.stm">Australia drought sparks suicides</a>］。水不足と農作物価格の急騰は、都市の生活者にも深刻な影響を与えている。</p>
<p>乾燥化の短期的な強化要因はエルニーニョ現象と考えられているが、数年周期で繰り返されるエルニーニョ・南方振動では、「千年に一度の旱魃」［The Guardian：<a href="http://www.guardian.co.uk/world/2006/nov/08/australia.drought">Australia suffers worst drought in 1,000 years</a>］を説明することはできない。2002-2003年、2004-2005年、2006-2007年にエルニーニョが観測されているが、どれもそれほど強いものではない。</p>
<p>もっと長期的な背景因としては、温室効果ガスによる地球温暖化を挙げることができる。中緯度高圧帯（亜熱帯高圧帯）の地域は、温暖化による降雨量の増加の恩恵を受けず、逆に気温の上昇により、乾燥化がいっそう進むことが知られている [IPCC (2007) <a href="http://www.ipcc-wg2.org/">Impacts,
Adaptation and Vulnerability</a>, p.6]。オーストラリア大陸は、中緯度高圧帯のもとにあるで、地球温暖化がオーストラリアの砂漠化を促進しているのは事実である。</p>
<p>しかしながら、オーストラリア大陸の砂漠化は、温室効果ガスによる地球温暖化が顕在化する80年代よりもはるか以前から、すなわち、イギリス人が植民活動を開始した18世紀末の時から始まっていた。</p>
<blockquote cite="http://www.int-res.com/abstracts/cr/v11/n1/p51-63/" title="Source: G. Pickup：Desertification and climate change -　the Australian perspective; Accessed Date: 5/4/2008" class="blockquote"><p class="western">In Australia, desertification tends to be associated with land degradation in the rangelands. It results from unsustainable land use and the impact of European settlement, rather than changing climate. </p>
  <p>オーストラリアにおいては、砂漠化は、放牧地における土壌劣化と関連する傾向にある。それは、変動する気候よりも、持続不可能な土地利用とヨーロッパ人の定住の衝撃から帰結している。</p>
</blockquote>
<div class="cite">［G. Pickup：<a href="http://www.int-res.com/articles/cr/11/c011p051.pdf">Desertification and climate change -　the Australian perspective</a>］</div>
<p>イギリス人が入植後オーストラリアで始めたのは、羊の放牧であった。羊の放牧は、牛の放牧以上に砂漠化を促進する。なぜならば、牛が草の葉の部分しか食べないのに対して、羊は根や若芽まで掘り起こして食べてしまうからだ。いったん植被が減ると、土壌流出や風化によって、土地が不毛となる。劣化した土壌は、自然回復が難しい。また植物による保水や蒸散がなくなると、降雨量が減り、乾燥化が更なる砂漠化を進める。このように、羊の放牧は、様々なポジティブ･フィードバックにより、砂漠の面積を広げていく。</p>
<p>1995年の論文によると、オーストラリアの五百万平方キロメートルにおよぶ乾燥地と半乾燥地の42%で、何らかの形の砂漠化が起きている [John A. Ludwig and David J. Tongway: <a href="http://www.springerlink.com/content/t7474w3123p55257/">Desertification in Australia: An eye to grass roots and landscapes</a>]。オーストラリアの砂漠化は、2003年から始まった空前の旱魃により、さらにひどくなっているのではないか。このままでは、オーストラリアは、人間が住めない死の大陸になってしまう。</p>
<h2>3. オーストラリアを緑化するにはどうすればよいのか  </h2>
<p>植物は、生きていく上で、16の元素を外部から取り入れなければいけない。水素、炭素、酸素、窒素、カリウム、リンは大量に必要だが、カルシウム、マグネシウム、イオウは少量でよく、さらにモリブデン、銅、亜鉛、マンガン、鉄、ホウ素、塩素はごく微量でかまわない。このように必要な量に差はあるものの、どれか一つでも欠くならば、正常な成長ができないという意味で、これらの元素は必須元素と呼ばれる。</p>
<p>必須元素のうち、水素、炭素、酸素は、空気と水から直接補給することができる。それ以外は、自力で取り入れることはできない。必須元素が不足していると、いくら日光と水があっても、植物は育たない。オーストラリアの土壌には、もともと植物に必要な無機元素（以下、栄養塩と呼ぶことにする）が少ないといわれている。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0143036556/n08-22/ref=nosim" title="Source: Amazon.co.jp： Collapse: How Societies Choose to Fail or Succeed: Jared Diamond: 洋書; Accessed Date: 4/29/2008" class="blockquote">
  <p class="western">Australia is the most unproductive continent: the one whose soils have on the average the lowest nutrient levels, the lowest plant growth rates, and the lowest productivity. That's because Australian soils are mostly so old that they have become leached of their nutrients by the rain over the course of billions of years.</p>
  <p>オーストラリアは、最も非生産的な大陸である。その土壌の栄養塩の平均値、植物の生育率、生産性は最低である。これは、オーストラリアの土壌の大部分が古くて、長い年月の経過とともに、雨によって、栄養塩が洗脱されたからである。</p>
</blockquote>
<div class="cite"> [Jared Diamond：<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0143036556/n08-22/ref=nosim">Collapse: How Societies Choose to Fail or Succeed</a>, p.328］</div>
<p>だから、放牧をすれば、すぐに砂漠化してしまうのである。オーストラリアを再緑化するには、不足している栄養塩を増やす必要がある。</p>
<p>手っ取り早い手段として、化学肥料を投入するという方法があるが、費用が高くつくという以外に、持続可能ではないという問題点がある。化学肥料の主要成分 
である窒素とリンとカリウムのうち、窒素は空気中にほぼ無尽蔵にあるが、リンとカリウムは鉱山から採掘している。カリ鉱石は比較的資源が豊富であるが、リン鉱石は資源が枯渇しつつある。完全に枯渇する前に、リン価格の高騰により、利用が現実的ではなくなるだろう。</p>
<p>化学肥料の大量使用には、富栄養化という別の問題もある。海・湖沼・河川などの水域に、一度に大量の栄養塩が流入すると、植物プランクトンが急増する。植物プランクトンは、日中光合成をするので、酸素を大量に発生するが、夜間は呼吸するだけなので、水中は酸素不足になり、魚をはじめ、プランクトン自身も含めて水中生物が大量に死滅する。さらに、嫌気性微生物が、それらの死体を分解するので、悪臭が発生したりする。</p>
<p>肥料だけではなく、合成洗剤を含んだ生活廃水や工場廃水も富栄養化を惹き起こすので、富栄養化の防止には総合的な対策が必要であるのだが、人類はこれまで大量の栄養塩を水中に捨ててきたのだから、新たに陸地や空中から栄養塩を供給するのではなくて、水中に溜まった栄養塩を回収して、陸地に還元する方が、栄養塩の分布バランスの是正という観点からして望ましいということになる。</p>
<p>そうした回収をやろうとすれば、莫大な費用とエネルギーが必要になると思うかもしれないが、心配は無用である。魚や鯨が代わりにやってくれる。魚や鯨は、体内に大量のリンを集めているから、それを農地に還元すればよいのだ。</p>
<p>水中に分散している希少元素を生物を使って回収するという方法は、他でも試みられている。ホヤが海水から摂取し、体内に濃縮したバナジウムを回収するとか、日本海の浅瀬でホンダワラを養殖し、そこからエタノールを精製するだけでなく、ウランやヨウ素を回収するといったプロジェクトが日本で計画されている。しかし、魚や鯨を使って、海中に流出した栄養塩を回収し、肥料として使うということは、江戸時代の日本で大規模に実用化されていた。江戸時代の日本で成功した方法をオーストラリアの砂漠化防止に適用すればよい。</p>
<p>江戸時代の日本人は、鯨の骨を粉にして、肥料として活用していた。また、陸上動物はほとんど食べずに、魚や鯨を食べ、糞尿を肥料として使用していた。人糞を肥料として使うことは、一般に不衛生だと思われている。しかし、最近では、人糞をおがくずと混ぜることで、衛生的に有機肥料を作るトイレが開発されている。正和電工株式会社は、このトイレにバイオトイレという名前をつけて、普及を目指している。</p>
<blockquote cite="http://www.seiwa-denko.co.jp/civil.html" title="Source: 聞いて流せぬトイレの話　土木学会誌より|| 正和電工株式会社; Accessed Date: 5/5/2008" class="blockquote"><p>私たちの糞尿の成分のほとんどは水分だ。その水分が便座下の便槽内のおがくずに吸収される。トイレ使用後はボタンを押し電動式スクリューで攪拌する。微生物が活発に動くように、おがくずはヒーターで55度前後に保たれている。微生物の作用と適温により数時間で糞尿を水と二酸化炭素に分解するのだ。臭いも殆ど発生せず、換気の設備も備えている。おがくずの交換は年に数回程度で大丈夫。取り出したおがくずは素手で触っても害はなく、有機肥料として再利用することができる。</p>
  <p>［&#133;］</p>
  <p>使用後のおがくずには、大腸菌群や寄生虫など人体に有害な微生物は生息していないことがわかっている。バイオトイレから取り出した使用済みのおがくずはN（窒素）、P（リン）、K（カリウム）など植物へ有効な栄養分が多く含まれている。有機肥料として安心して活用できるのだ。 </p>
</blockquote>
<div class="cite">［正和電工株式会社：<cite><a href="http://www.seiwa-denko.co.jp/civil.html">聞いて流せぬトイレの話</a></cite>］</div>
<p>オーストラリア人は、砂漠化の原因となっている家畜（とりわけ羊）の飼育を減らし、漁業と捕鯨に力を入れるべきだ。捕鯨のほうが、家畜の飼育よりも資源の消費量は少なくてすむ［Reuters：<a href="http://www.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idUSEIC37493020080303?sp=true">Eat whale and save the planet</a>］。陸上動物の肉を食べる代わりに、魚や鯨といった海中動物の肉を食べ、それをバイオトイレで有機肥料に変える。魚や鯨の骨も、リンが豊富だから、重要な肥料の材料である。バイオトイレでは、水を流す必要がないから、これの使用により、多くの水を節約することができる。これは、水不足に悩むオーストラリア人にとっては朗報である。節約した水と有機肥料を使って、農業や植林をすれば、オーストラリアの砂漠化を阻止し、再緑化することができる。</p>
<p>オーストラリアの反捕鯨活動家たちは、捕鯨を禁止すれば鯨の数が増えると単純に考えている。しかし、人間が捕獲しなくても、鯨は、少なくとも寿命に達すれば死ぬ。そして、鯨の体内に集積した栄養塩が海底に沈む。その栄養塩を陸上生物が活用するまでには、途方もない時間がかかる。それならば、十分子孫を残した鯨を捕獲し、陸上の生物の繁栄のために使ったほうがよい。</p>
<p>陸上の生命が豊かになれば、それだけ多くの有機・無機の栄養分が海中に流れ込むので、鯨を含めて、海中の生物も豊かになる。オーストラリア周辺の海域では、オーストラリア大陸から海に流入する栄養塩が貧弱であるため、海洋資源も貧弱である。商業捕鯨の禁止にもかかわらず鯨の数増えない最大の原因は、餌不足である。逆説的であるが、日本が伝統的に行ってきたエコロジカルな捕鯨なら、鯨の数を逆に増やすことすら可能である。オーストラリア人は、自ら捕鯨を再開し、鯨肉を食べるべきだ。</p>
<div class="postscript">読書案内</div><table>
<tbody>
<tr>
<th width="30%">書名</th>
<td width="70%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4413040163/n08-22/ref=nosim">クジラと日本人―食べてこそ共存できる人間と海の関係 (プレイブックス・インテリジェンス)</a></td>
</tr>
<tr>
<th width="30%">媒体</th>
<td width="70%">新書</td>
</tr>
<tr>
<th width="30%">著者</th>
<td width="70%">小松 正之</td>
</tr>
<tr>
<th width="30%">出版社と出版時期</th>
<td width="70%">青春出版社, 2002/04</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<table>
<tbody>
<tr>
<th width="30%">書名</th>
<td width="70%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4425852117/n08-22/ref=nosim">よくわかるクジラ論争―捕鯨の未来をひらく (ベルソーブックス)</a></td>
</tr>
<tr>
<th width="30%">媒体</th>
<td width="70%">単行本</td>
</tr>
<tr>
<th width="30%">著者</th>
<td width="70%">小松 正之 他</td>
</tr>
<tr>
<th width="30%">出版社と出版時期</th>
<td width="70%">成山堂書店, 2005/08</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>熱塩海洋循環の停滞は何をもたらすのか</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nagaitosiya.com/a/thermohaline.html" />
    <id>tag:www.nagaitosiya.com,2008:/a//10.1011</id>

    <published>2008-04-28T02:20:19Z</published>
    <updated>2008-05-07T02:09:30Z</updated>

    <summary>地球温暖化によって、将来、熱塩海洋循環が停滞ないし停止するのではないかと言われている。熱塩海洋循環が停滞すると、何が起きるのか。たんにヨーロッパが寒くなるだけなのか。ヤンガードリアス・イベントの影響を...</summary>
    <author>
        <name>Nagai Tosiya</name>
        
    </author>
    
        <category term="1_physics" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.nagaitosiya.com/a/">
        <![CDATA[<p>地球温暖化によって、将来、熱塩海洋循環が停滞ないし停止するのではないかと言われている。熱塩海洋循環が停滞すると、何が起きるのか。たんにヨーロッパが寒くなるだけなのか。ヤンガードリアス・イベントの影響を参考に考えて見たい。</p>
]]>
        <![CDATA[<h2>1. 熱塩海洋循環とは何か</h2>
<p>熱塩海洋循環（Thermohaline Ocean Circulation）とは、海洋における熱と塩分の差異によって駆動される地球規模の海流である。1980年代に、ブロッカー（Wallace Smith Broecker）によって発見された。ブロッカーは、この循環を次のように描いている。</p>
<div class="object_top"><blockquote cite="http://www.af-info.or.jp/jpn/honor/honor.html" title="Source: 旭硝子財団 顕彰事業ブループラネット; Accessed Date: 3/23/2008"><img src="thermohaline_broecker.png" alt="ブループラネット賞" /></blockquote></div>
<div class="caption_bottom">図1　海洋の大コンベアベルト［<a href="http://www.af-info.or.jp/jpn/honor/honor.html">旭硝子財団 顕彰事業ブループラネット</a>：<a href="http://www.af-info.or.jp/jpn/honor/pdf/kouen.pdf">ウォーレス・S・ブロッカー博士記念講演『我らが青い星&#8220;地球&#8221;の気候システムが危ない』</a>, p.10］</div>
<p>図1は、北大西洋で沈んだ海洋が、インド洋と北太平洋で浮上することを示している。この図は、しかしながら、単純化しすぎている。現在では、沈み込みの地点が他にもあることが確認されている。以下の図2の方が、もっと精確である。</p>
<div class="object_top"><blockquote cite="http://www.pik-potsdam.de/~stefan/thc_fact_sheet.html" title="Source: Stefan Rahmstorf (2006) Thermohaline Ocean Circulation, Encyclopedia of Quaternary Sciences, Edited by S. A. Elias; Accessed Date: 3/3/2008"><img src="thermohaline_rahmstorf.png" alt="The Thermohaline Ocean Circulation" /></blockquote></div>
<div class="caption_bottom">図2　熱塩海洋循環<br />
  ［<a href="http://www.pik-potsdam.de/~stefan/Publications/Book_chapters/Rahmstorf_EQS_2006.pdf">Stefan Rahmstorf (2006) Thermohaline Ocean Circulation</a>］</div>
<p>図2では、沈み込みの地点として、L（ラブラドル海）、G（グリーンランド海）、W（ウェッデル海）、R（ロス海）の4箇所が、オレンジ色の丸印で記されている。これらを転換点として、赤色の表層海流は、青色の深層海流、あるいは紫色の海底海流へと折り返され、ACC（南極周極流 Antarctic Circumpolar Current）を形成した後、インド洋、太平洋、大西洋で表層へと湧昇することが、この図から読み取れる（海流の経路や湧昇地点に関しては異説もある）。</p>
<p>熱塩海洋循環は、風力で駆動される風成海洋循環と、動力因という点で概念的に区別されるべきではあるが、実体としては不可分の関係にあり、両者は、まとめて海洋大循環と呼ばれている。図2では、風成海洋循環による湧昇地点は黒丸で、熱塩海洋循環と風成海洋循環の両者による湧昇地点は赤丸で記されている。</p>
<p>熱塩海洋循環は「海洋における熱と塩分の差異によって駆動される」と書いたが、これについてもう少し詳しく説明しよう。北大西洋や南極での海水の氷結は、氷自体は純水であるから、塩分を排出し、海水の塩分濃度を高め、その結果、海水の凝固点が降下する。極地の気温は、きわめて低いので、海水は液体のまま、どんどん水温を下げていく。塩分濃度が高くなって、温度が低くなることで、表層海水は、深層海水よりも密度が高くなり、海底に沈み込む。そしてこの沈み込みが、熱塩海洋循環の動力因となっている。</p>
<p>英語版ウィキペディアは、沈み込みのメカニズムを以下のように説明している。</p>
<blockquote cite="http://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Thermohaline_circulation&amp;oldid=197325426" title="Source: Thermohaline circulation - Wikipedia, the free encyclopedia; Accessed Date: 3/22/2008" class="blockquote"><p class="western">The dense water masses that sink into the deep basins are formed in quite specific areas of the North Atlantic and the Southern Ocean. In these polar regions, seawater at the surface of the ocean is intensively cooled by the wind. Wind moving over the water also produces a great deal of evaporation, leading to a decrease in temperature, called evaporative cooling. Evaporation removes only molecules of pure water, resulting in an increase in the salinity of the seawater left behind, and thus an increase in the density of the water mass. </p>
  <p>深い海盆に沈み込む高密度の水塊は、北大西洋や南洋の、きわめて特定の地域で形成される。これらの極地では、海洋の表層海水は、風によって激しく冷やされる。水上を吹く風は、大規模な蒸発をも引き起こし、蒸発冷却と呼ばれる温度低下をもたらす。蒸発は、純水の分子のみを取り除くので、取り残された塩分を増加させ、かくして、水塊の密度の上昇を帰結する。</p>
</blockquote><div class="cite">［<cite><a href="http://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Thermohaline_circulation&amp;oldid=197325426">Thermohaline circulation - Wikipedia, the free encyclopedia</a></cite>］</div>
<p>なるほど、表層水は、深層水とは異なり、蒸発するので、気化熱を奪われることで、深層水に対して温度が低下するということは考えられる。また、蒸発した水が、別の地域で雨や雪となって降るのであれば、それは、塩分濃度の上昇をもたらすであろう。しかしながら、本当に蒸発で沈み込みを説明できるのだろうか。</p>
<p>図2は、塩分濃度が高い海域を緑色で、低い海域を濃い水色で示している。緑色の海域は、降雨量が少なくて、陸地では砂漠が多い中緯度高圧帯付近に見られる。反対に降雨量が多い海域では、濃い水色になっている。沈み込みが起きている地点は、広域的には、塩分濃度が低い。ここから、蒸発による海水温度の低下と塩分濃度の上昇だけでは沈み込みが起きないということがわかる。沈み込みが起きるための第一の条件は、永久氷床が近くにあって、気温が著しく低いことではないのか。さらに、氷床が湾状に窪んでいる所で沈み込む傾向があると言えそうだ。四つの沈み込み地点は、南極大陸の二つの大きな湾であるウェッデル海とロス海、突き出た永久氷床であるグリーンランドの両脇である。</p>
<h2>2. 現在、熱塩海洋循環は弱まりつつあるのか</h2>
<p>熱塩海洋循環は、地球温暖化との関係で近年注目されている。すなわち、地球温暖化が、極地の氷の溶融による塩分濃度の低下と水温上昇をもたらし、その結果、海水の密度が低下して、沈み込みが停滞ないし停止するのではないかという懸念がもたれている。</p>
<p>2005年に、Harry L. Bryden ら、イギリスの国立海洋学センターの研究グループは、2004年の北大西洋の熱塩海洋循環が、1957年と比べて、30%も速さを落としていると発表した［<a href="http://www.nature.com/nature/journal/v438/n7068/full/nature04385.html">Harry L. Bryden et al.(2005) Slowing of the Atlantic meridional overturning circulation at 25°N</a>］。しかしながら、現在すでに熱塩海洋循環に異常が見られると主張している科学者は少数派である。多くの科学者は、その異変を自然の変異ないし測定誤差の範囲内とみなしている。</p>
<p>地球温暖化で、北極海やグリーンランド周辺の氷が解けていることは事実なのに、なぜ北大西洋の熱塩海洋循環の勢いは衰えないのか。</p>
<blockquote cite="http://www.pik-potsdam.de/~stefan/thc_fact_sheet.html" title="Source: Thermohaline Circulation - Fact Sheet by Stefan Rahmstorf; Accessed Date: 4/27/2008" class="blockquote">
  <p class="western">It is worth noting that the Gulf Stream is primarily a wind-driven current, forming part of the subtropical gyre circulation. The thermohaline circulation - approximated here by the amount of water needed to compensate for the southward flow of NADW - contributes only roughly 20% to the Gulf Stream flow.</p>
  <p>メキシコ湾流が、本来、風力で駆動される海流で、亜熱帯環流の一部を形成しているということに留意するべきである。熱塩循環は、北大西洋深層水の南方へ下る水量を補填するのに必要な水量で概算すると、メキシコ湾流のたった20%程度にしか貢献していない。</p>
</blockquote>
<div class="cite">［<a href="http://www.pik-potsdam.de/~stefan/Publications/Book_chapters/Rahmstorf_EQS_2006.pdf">Stefan Rahmstorf (2006) Thermohaline Ocean Circulation</a>, p.2］</div>
<p>水温と塩分濃度の差異によって駆動される熱塩海洋循環は、風力で駆動される風成海洋循環と不可分の関係にあり、後者の駆動力が全体の大部分を占める以上、多少、水温と塩分濃度の差異が縮小しても、風力が衰えないうちは、海洋大循環全体にはあまり影響を与えないと考えることができる。</p>
<p>このため、大西洋における海洋大循環を指す言葉として、熱塩海洋循環という原因を特定した名称に代って、子午面循環（<span class="western">Meridional Overturning Circulation</span>）というような地理的特徴に因んだ名称が使われる傾向がある。地球温暖化に対して悲観的な予測を行っているIPCCの第四次報告書も、子午面循環がすぐに停止するとは予測していない。</p>
<blockquote cite="http://www.ipcc-wg2.org/" title="Source: ; Accessed Date: 5/22/2007" class="blockquote">
  <p class="western">Based on climate model results, it is very
    unlikely that
    the Meridional Overturning Circulation (MOC) in the North Atlantic will undergo
    a large abrupt transition during the 21st century.</p>
  <p>気候モデルの結果に基づくならば、北大西洋の子午面循環（MOC）が、21世紀中に大規模で急激な変動を被ることは、極めてありそうにない。</p>
</blockquote>
<div class="cite"> [IPCC (2007) <cite><a href="http://www.ipcc-wg2.org/">Impacts,
  Adaptation and Vulnerability - Summary for Policymakers</a></cite>, p.15] </div>
<p>では、地球温暖化によって、熱塩海洋循環が停滞ないしは停止するというのは全くの杞憂かといえば、そうではない。なぜならば、急激な温暖化によって、熱塩海洋循環が停止もしくは著しく停滞したことが過去にあるからである。</p>
<h2>3. ヤンガードリアス期に何が起きたのか</h2>
<p>熱塩海洋循環は、1万3千年前ごろのヤンガードリアス（Younger Dryas ヤンガードライアスとも言う）期に停止もしくは著しく停滞したと考えられている。ヤンガードリアス期に先立つアレレード期の温暖化は、当時北米を覆っていたローレンタイド氷床を融かし、広大なアガシー湖を形成した。その融氷水は、当初、ミシシッピー川を経てメキシコ湾に流れていたが、東側にあったマルキュティ氷河がなくなったために、セントローレンス川を経て、北大西洋に流れた。その結果、北大西洋の塩分濃度が大幅に薄まり、熱塩海洋循環の動きが止まったというわけである。</p>
<p>熱塩海洋循環が停止すると何が起きるかを知るには、ヤンガードリアス期に何が起きたかを知らなければならない。ヤンガードリアス期の最もよく知られた変動は、気温の急激な低下である。特にメキシコ湾流の流れが止まった結果、北大西洋地域が寒冷化した。</p>
<blockquote cite="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0415198429/n08-22/ref=nosim" title="Source: The Great Ice Age: Climate Change and Life; Author: S. A. Drury 他; Publication Date: 1999/12; Publisher: Routledge"> <img src="thermohaline_yd.png" alt="氷河時代の終焉" /></blockquote>
<div class="caption_bottom"> 図3 過去3.5万年間の極地における気温変動の復元図 [S. A. Drury et al：<cite title="Author: S. A. Drury 他；Source: The Great Ice Age: Climate Change and Life；Publication Date: 1999/12；Publisher: Routledge"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0415198429/n08-22/ref=nosim">The Great Ice Age: Climate Change and Life</a></cite>, p.128] </div>
<p>図3には、A～Dの四つの曲線が描かれている。Aは南極、Bはグリーンランドから採掘したアイスコアの酸素同位体比のグラフである。Cはグリーンランドにおける大気中のメタン濃度、Dは南極における大気の二酸化炭素濃度のグラフである。BとCには、YDと記された、急激な寒冷化の時期を見て取ることができるが、AとDには、それが見当たらない。ここから、寒冷化は、南極にまで及んでいなかったと判断することができる。</p>
<p>しかし、だからといって、ヤンガードリアス・イベントが、全地球的影響力を持たなかったとは言えない。そもそも、熱塩海洋循環が停滞すると、南半球の気温はむしろ上昇するというシミュレーションすらある。</p>
<blockquote cite="http://www.pik-potsdam.de/~stefan/thc_fact_sheet.html" title="Source: Thermohaline Circulation - Fact Sheet by Stefan Rahmstorf; Accessed Date: 3/23/2008" class="blockquote"><p class="western">In models the northern hemisphere cools and the southern hemisphere warms if the THC is brought to a halt, because the cross-equatorial heat transport in the ocean is reduced. This change in heat partitioning between the two hemispheres shifts the thermal equator to the south, and thus the inter-tropical convergence zone (ITCZ) and the associated tropical rainfall belts.</p>
  <p>モデルによると、もしも熱塩循環が停止すると、海洋における赤道を越えた熱輸送が減るので、北半球は寒冷化し、南半球は温暖化する。この両半球における熱分断をもたらす変化は、気温上の熱帯を、したがって、熱帯収束帯とそれに結びついた熱帯雨林地帯をより南へと移動させる。</p>
</blockquote>
<div class="cite">［<a href="http://www.pik-potsdam.de/~stefan/Publications/Book_chapters/Rahmstorf_EQS_2006.pdf">Stefan Rahmstorf (2006) Thermohaline Ocean Circulation</a>, p.7］</div>
<p>熱塩海洋循環の効用を、北大西洋を温暖にすることよりも、地球全体の気温の安定化に求める人もいる。実際、図3のBのグラフを見ると、熱塩海洋循環が復活した後の、1万年前以降の気温が、異常に安定していることがわかる。だから、例えば、NHKは、『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005GNRF/n08-22/ref=nosim">NHKスペシャル「海」第4集～深層海流/二千年の大航海～</a>』という番組で、熱塩循環（深層海流）による熱の分配のおかげで、現在の間氷期の気候は安定しているという説明をしていた。</p>
<blockquote cite="http://www.nhk.or.jp/school/junior/kaisetsu37.html" title="Source: かがく用語集; Accessed Date: 6/15/2006" class="blockquote">
  <p>近年、深さ数千ｍ～１万ｍもの深海に、ごくごくゆっくりとした海水の流れがあることがわかってきました。その流れは、場所ごとに決まった方向を持ち、約２０００年で海洋を一周する循環をつくっています。この深層水は北大西洋で作られ、その循環が気候の安定化に重要な役割を果たしていることがわかってきました。</p>
  <p>過去の気候を知る重要な手がかりが、グリーンランドの氷床を打ち抜いた、ボーリングコアの試料から得られています。そこには氷期の激しい気候変動や、ヤンガードライアス期と呼ばれる約13000年前の寒冷期の記録が閉じこめられていました。</p>
  <p>融解し、縮小する大陸氷床が残した大量の淡水が、密度が低いために北大西洋の深層への沈み込み口を覆い、そのために深層循環が停止し、北米やヨーロッパでは氷期に逆戻りしたような気候を一時的に経験したと考えられています。</p>
  <p>最終氷期が終わってから、過去約１万年の間、全体として地球は温暖な環境を維持してきました。深層海流の流れは、安定した気候条件を維持するために、きわめて重要な役割を果たしていたのです。</p>
</blockquote>
<div class="cite"> [NHK：<cite><a href="http://www.nhk.or.jp/school/junior/kaisetsu37.html">深層海流二千年の大航海 解説</a></cite>] </div>
<p>しかし、こうした説明と、ボーリングコアの試料の分析結果は矛盾していないだろうか。もしも熱塩海洋循環の停滞でヤンガードリアス・イベントが起き、熱塩循環の回復で気候が安定するようになったとするならば、ヤンガードリアス・イベントが起きる前は、それ以降と同様、安定した気候が続いたはずなのに、グラフを見ればわかるように、全然そうではない。図3には、3.5万年前までの記録しかないが、過去においては、氷期のみならず、間氷期においても、気候は安定していない。</p>
<p>熱塩海洋循環は、ヤンガードリアス・イベントの終了によって初めてできたのではなく、それ以前から存在していた。現在のような形が形成されたのは、460-250万年前、南北アメリカ大陸が接近・合体した時で、これにより、それまでカリブ海から太平洋に流れ出ていた海流が行き場を失い、メキシコ湾流に沿って北大西洋沖まで運ばれるようになった。メキシコ湾流の強化により、北大西洋での水の蒸発が増え、降雪量も増え、北大西洋での氷河の形成をもたらした [S. A. Drury et al：<cite title="Author: S. A. Drury 他；Source: The Great Ice Age: Climate Change and Life；Publication Date: 1999/12；Publisher: Routledge"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0415198429/n08-22/ref=nosim">The Great Ice Age: Climate Change and Life</a></cite>, p.144] 。460-250万年前は、現在に続く氷河期が始まった時期と重なっている。氷河期の開始とともに熱塩循環が強化されたとするならば、なぜ過去の氷河期の気温が、氷期においても間氷期においても不安定だったのか、NHKの説明ではわからなくなる。</p>
<p>もう一度図3を見てみよう。確かにグラフBを見る限り、過去1万年間の気温は安定していたと言うことができる。しかし、グラフAやDを見ると、必ずしもそうとは言えないことがわかる。過去1万年間の気候が本当に安定していたかどうかは、まだ十分に実証されていないし、また、もしも本当に安定していたとしても、熱塩海洋循環がその主要な原因であるとは言えない。</p>
<p>ヤンガードリアス期の北大西洋地域に見られた特徴として、寒冷化とともに乾燥化を挙げることができる。メキシコ湾流は、日本海流（黒潮）とともに、世界最大規模の暖流であり、熱帯付近の膨大な量の熱をヨーロッパ方面に運ぶと同時に、この海域の降雨量を増やすことに貢献している。メキシコ湾流が弱まると、大西洋の湾流に沿った海域で雨が降らなくなる可能性があることが、地球シミュレータの再現実験によってわかっている［読売新聞：2008年3月13日］。だから、メキシコ暖流が停滞したヤンガードリアス期に、乾燥化が起きたことは、理解できることである。</p>
<h2>4. なぜヤンガードリアス期に農業が始まったのか</h2>
<p>人類が始めて農業を始めた時期は、ヤンガードリアス期と重なっていることから、ヤンガードリアス・イベントが農業開始の原因ではないかとする説が有力である。現在わかっている最古の農耕遺跡は、シリアのアブ・フレイラ遺跡である。Gordon Hillman らは、アブ・フレイラ遺跡に関して次のように報告している。</p>
<blockquote cite="http://hol.sagepub.com/cgi/content/abstract/11/4/383" title="Source: New evidence of Lateglacial cereal cultivation at Abu Hureyra on the Euphrates -- Hillman et al. 11 (4): 383 -- The Holocene; Accessed Date: 3/19/2007" class="blockquote">
  <p class="western">New evidence from the site of Abu Hureyra suggests that systematic cultivation of cereals in fact started well before the end of the Pleistocene by at least 13000 years ago, and that rye was among the first crops. The evidence also indicates that hunter-gatherers at Abu Hureyra first started cultivating crops in response to a steep decline in wild plants that had served as staple foods for at least the preceding four centuries. The decline in these wild staples is attributable to a sudden, dry, cold, climatic reversal equivalent to the &#8216;Younger Dryas&#8217; period. At Abu Hureyra, therefore, it appears that the primary trigger for the occupants to start cultivating caloric staples was climate change. </p>
  <p>アブ・フレイラからの新しい証拠は、穀物の組織的な栽培は、事実上、更新世が終わるかなり前から、少なくとも13000年前には始まっていて、ライ麦は最初期の穀物だったことを示唆している。また、この証拠から、アブ・フレイラの狩猟採集者は、少なくとも4世紀にわたって主食としていた野生種植物の急速な減少に反応して穀物の栽培を最初に始めたことがわかる。これらの野生の主要食料の減少の原因は、「ヤンガードリアス」に相当する、寒くて乾燥した気候への急激な逆戻りに求めることができる。アブ・フレイラでは、それゆえ、住民が高カロリーの主食を栽培し始めたきっかけは気候変動のようである。</p>
</blockquote>
<div class="cite"> [Gordon Hillman et al：<cite><a href="http://hol.sagepub.com/cgi/content/abstract/11/4/383">New evidence of Lateglacial cereal cultivation at Abu Hureyra on the Euphrates, The Holocene, Vol. 11, No. 4, p. 383-393</a></cite>] </div>
<p>たしかに、寒くて乾燥した気候になれば、野生の主要食料が減少するということはあるかもしれない。しかし、寒くて乾燥したから農業が始まったとするならば、なぜ、氷期の最盛期に農業が始まらなかったのだろうか。最終氷期の最盛期は、ヤンガードリアス期と同じかそれ以上に寒くなり、乾燥したのである。農業開始の原因として、寒冷化と乾燥化以外の要因を見出さなければならない。</p>
<p>最終氷期の最盛期とヤンガードリアス期の大きな違いは、熱塩海洋循環が健全であったか否かにあり、その違いがもたらす別の効果に着目しよう。熱塩海洋循環は、熱だけでなく、栄養分（特にリン）を循環させている。地上に存在する栄養分は、雨によって洗い出され、海に流出し、その一部は生物によって摂取されるが、最終的には、海底に蓄積する。そのままであれば、陸上、さらには表層水中の生物は、栄養分が不足して死に絶え、地球は死の世界となるのだが、熱塩海洋循環は、海底に溜まった栄養分を表層水へと湧昇させ、それをプランクトン、さらには魚などが摂取し、それをさらに鳥や人間が食べることで、栄養塩は陸上へと還元される。熱塩海洋循環が停滞すると、この栄養分の循環が停滞するのだから、地上を含めた地球全体の食糧生産が危機に直面することになる。この食糧危機を克服するべく、人類は農業を始めたと考えることができる。</p>
<p>図2を見てもわかるように、海洋大循環の湧昇地点は、世界各地に散在する。ヤンガードリアス・イベントによる寒冷化と乾燥化が、北大西洋とその周辺に限定されるローカルな現象だったとしても、栄養分の循環が停滞することによる食糧危機は、西南アジアを含めたもっと広範囲の地域に影響を与えたと推測することができる。将来、地球温暖化によって、海洋大循環が停滞するならば、同じ現象が見られることだろう。</p>
<div class="postscript">読書案内</div>
<table>
<tbody>
<tr>
<th width="30%">書名</th>
<td width="70%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/478972283X/n08-22/ref=nosim">氷に刻まれた地球11万年の記憶―温暖化は氷河期を招く</a></td>
</tr>
<tr>
<th width="30%">媒体</th>
<td width="70%">単行本</td>
</tr>
<tr>
<th width="30%">著者</th>
<td width="70%">リチャード・B. アレイ</td>
</tr>
<tr>
<th width="30%">出版社と出版時期</th>
<td width="70%">ソニーマガジンズ, 2004/05</td>
</tr>
</tbody>
</table>

<table>
<tbody>
<tr>
<th width="30%">書名</th>
<td width="70%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4478871086/n08-22/ref=nosim">気候変動 +2℃</a></td>
</tr>
<tr>
<th width="30%">媒体</th>
<td width="70%">単行本</td>
</tr>
<tr>
<th width="30%">著者</th>
<td width="70%">山本 良一 , 他</td>
</tr>
<tr>
<th width="30%">出版社と出版時期</th>
<td width="70%">ダイヤモンド社, 2006/04/07</td>
</tr>
</tbody>
</table>

<table>
<tbody>
<tr>
<th width="30%">タイトル</td>
<td width="70%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000WM8RXS/n08-22/ref=nosim">デイ・アフター・トゥモロー (Blu-ray Disc)</a></td>
</tr>
<tr>
<th width="30%">媒体</th>
<td width="70%">Blu-ray</td>
</tr>
<tr>
<th width="30%">監督, 出演</td>
<td width="70%">ローランド・エメリッヒ</td>
</tr>
<tr>
<th width="30%">出版社と出版時期</td>
<td width="70%">20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン, 2007/12/21</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>天皇と日食</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nagaitosiya.com/a/eclipse.html" />
    <id>tag:www.nagaitosiya.com,2008:/a//10.1009</id>

    <published>2008-02-07T07:28:17Z</published>
    <updated>2008-02-07T07:36:45Z</updated>

    <summary>かつて、中世の日本には、日食/月食に際して天皇の御所を席で裹む風習があった。なぜこのようなことが行われたのか。私は、以前、アマテラス＝卑弥呼説に基づいて、天皇の起源がスケープゴートにあったことを主張し...</summary>
    <author>
        <name>Nagai Tosiya</name>
        
    </author>
    
        <category term="4_ethnology" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.nagaitosiya.com/a/">
        <![CDATA[<p>かつて、中世の日本には、日食/月食に際して天皇の御所を席で裹む風習があった。なぜこのようなことが行われたのか。私は、以前、アマテラス＝卑弥呼説に基づいて、天皇の起源がスケープゴートにあったことを主張したが、この観点から、この問題に答えてみたい</p>
]]>
        <![CDATA[<h2>1. 日食/月食に御所を席で裹む作法</h2>
<p>1221年に順徳天皇が完成させた有職故実の書『禁秘抄』によれば、日食と月食の時には、天皇の御座所の御簾は下ろされ、御殿は席（むしろ）で裹（つつ）まれた。公家たちも、御所に来て参籠したが、とりわけ籠もらなければいけなかったのは天皇である。</p>
<p>なぜこのような裹みと籠もりが必要だったのだろうか。黒田日出男氏は、「こもる・つつむ・かくす」と題した論考の中で、「この行為の目指すところは、天皇に、日食・月食の放つ妖光を当てないようにすることなのであった」［黒田 日出男：<cite title="Author: 黒田 日出男；Source: 王の身体 王の肖像 (イメージ・リーディング叢書)；Publication Date: 1993/03；Publisher: 平凡社"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4582284701/n08-22/ref=nosim">王の身体 王の肖像</a></cite>, p.26］と説明している。</p>
<p>たしかに、『禁秘抄』には、「天子殊に其の光にあたりたまはず、蝕の以前・以後と雖も、其の夜光に当りたまはず、日・月これ同じ、席をもつて御殿を裹み廻らし、供御ごとく其の光に当らず」とあるから、そのような解釈も可能ではあるが、ここから光を邪悪視していたことは、直接には読み取れない。「妖光」というのは、あくまでも黒田氏の解釈である。</p>
<p>もしも、黒田氏が言うように、天皇が日食/月食の放つ妖光を忌避していたというのであれば、皆既日食/月食の時で、光が完全に遮断される間は、御簾を上げたり、外に出たりしてもよいはずだ。しかし、そのような習慣はなかった。</p>
<p>黒田氏は、「日食・月食に際しての天皇の御所を席で&lt;裹む&gt;作法が、自然秩序の異変などの&lt;穢れ&gt;から&lt;王&gt;としての天皇を守ろうとするものであった」［黒田 日出男：<cite title="Author: 黒田 日出男；Source: 王の身体 王の肖像 (イメージ・リーディング叢書)；Publication Date: 1993/03；Publisher: 平凡社"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4582284701/n08-22/ref=nosim">王の身体 王の肖像</a></cite>, p.26］と言うのであるが、ケガレは、死や病など、光よりもむしろ闇を連想させる事象を指す言葉である。</p>
<p>民俗学では、「ケガレ」を「気枯れ」と解釈することが多い。古代人は、気を生命力とみなしていた。気が枯れると人は死ぬという論理でいくならば、日食や月食は、太陽や月の生命力である光が枯れていくから、太陽や月の死ということになる。日食や月食の光を穢れとみなすよりも、光が枯れていくことを穢れとみなすほうが自然なのではないだろうか。</p>
<h2>2. 天人相関説による解釈</h2>
<p>私は、日食/月食に際して天皇の御所を席で裹む作法を、天人合一説/天人相関説に基づいて解釈したい。天人合一説/天人相関説とは、天と人（とりわけ君子）を同一視し、相関させる中国の思想で、日本の思想にも影響を及ぼした。日本神話において、天皇は太陽神（アマテラス）の子孫とみなされ、月神であるツクヨミは、太陽神に準ずる存在とされている<sub>［ｔ］</sub>。日食/月食で、太陽と月が、一時的にであれ、姿を隠すときには、君子やそれに準じる人たちもまた、同様に姿を隠さなければならない。</p>
<p class="note">［t］『古事記』では、アマテラスはイザナギの左目から、ツクヨミは右目から生まれたということになっている。但し、ツクヨミは、アマテラスに比べると、格段に存在感がない。</p>
<p>黒田氏の妖光忌避説では説明できないが、天人合一説/天人相関説ならば、うまく説明できる事例がある。以下の『吾妻鏡』の記載がそうである。</p>
<blockquote cite="http://www.nijl.ac.jp/databases/db-room/genpon/azutext3.htm#T93" title="Source: ; Accessed Date: 2/5/2008" class="blockquote">
  <p class="chinese">今日申酉間、可有蝕之由、諸道雖勘申之。窮冬有其沙汰、任右大將家建久九年正朔日蝕時之例、不被裹御所、隨而又、蝕不正現、若他州事歟〈云云〉。</p>
  <p class="classic_jp">今日、申酉の間、蝕あるべきの由、諸道これを勘申すと雖も、窮冬其の沙汰あり、右大將家の建久九年正朔日蝕の時の例に任せて、御所を裹まれず、隨つてまた、蝕正現せず、もしくは他州の事かと云々。</p>
  <p>今日の夕方頃日食が起きる理由を、道士たちは調べて申し上げたが、12月にその知らせはあり、建久九年正月の頼朝の時の例に倣って、御所を裹まなかった。したがってまた、日食も正現しなかった。あるいは、他所での出来事かと云々。</p>
</blockquote><div class="cite">［<a href="http://www.nijl.ac.jp/databases/db-room/genpon/azumatop.htm">吾妻鏡本文データ</a>：<cite><a href="http://www.nijl.ac.jp/databases/db-room/genpon/azutext3.htm#T93">吾妻鏡（寛元四年・正月一日）</a></cite>］</div>
<p>なぜ、御所を裹まなかったことが原因で、日食が正現しなかったのか。黒田氏は、「この記事の理解は難しい」［黒田 日出男：<cite title="Author: 黒田 日出男；Source: 王の身体 王の肖像 (イメージ・リーディング叢書)；Publication Date: 1993/03；Publisher: 平凡社"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4582284701/n08-22/ref=nosim">王の身体 王の肖像</a></cite>, p.31］と言うが、たしかに、妖光忌避説ではこの記事は理解できない。しかし、天人合一説/天人相関説ならば容易に理解できる。天と人が相関しているのだから、地上の太陽である君主を裹まなければ、天上の太陽も裹まれないはずであり、実際にそうなった。これが、この記事の言わんとするところであろう。</p>
<h2>3. 穢れと裹み</h2>
<p>この解釈だと、御殿を裹むことは、御殿を穢れから守るというよりも、むしろ御殿を穢れとして扱うことになるのではないかと訝かる向きもあるだろう。天皇を穢れとして扱うのはけしからんという常識は理解できるが、天皇を絶対的な清浄として穢れに対置するのは、近代の絶対主義的君主の思想であって、古代や中世においては、天皇は、穢れた存在と不可分の関係にあった。</p>
<p>ここで、なぜ御所を「つつむ」時、「裹む」という漢字が使われているのかを考えてみよう。「裹」は、衣と果から成り立つ会意文字で、白川静氏によれば、果を衣中に加えるのは、死喪のとき行った魂振り儀礼において、招魂するためであり、裹と同じ構造法をとる漢字（哀・襄・衰）は、みな、死者の衣襟に、それぞれの呪具を加え、また呪儀を行うという意味を持つ［白川静：<cite title="Source: CD-ROM版 字通; Publication Date: 2003/08/02; Publisher: 平凡社"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000C85L9/ref=nosim">CD-ROM版 字通</a></cite>］。</p>
<p>裹屍（かし＝屍を包む）や裹革（かかく＝馬革で屍を包む）といった熟語が示すように、裹は、死体を包む時に使う字である。御所が裹まれたということは、御所が穢れから守られるべき清浄であるというよりも、むしろそれ自体が穢れになったということを外部に対して示しているのではないだろうか。</p>
<p>黒田氏は、「こもる・つつむ・かくす」の中で、さまざまな裹頭（かとう＝覆面）姿の人々を紹介しているが、裹頭姿の人々は、乱暴狼藉をはたらく僧兵、癩者（ハンセン病患者）、宿の長吏（犬神人、但し、後に「穢多」ないし「非人」と呼ばれて差別された人々）など、いずれも浄ではなくて穢に属するとみなされた人々ばかりである。</p>
<p>黒田氏は、彼らが、「&lt;穢れ&gt;の中世的秩序を可視的・身体的に表現していたのであって、彼らのシンボリックなスタイルでの、境界的な存在の仕方そのものが、中世社会の秩序の特有な身体性を表現している」［黒田 日出男：<cite title="Author: 黒田 日出男；Source: 王の身体 王の肖像 (イメージ・リーディング叢書)；Publication Date: 1993/03；Publisher: 平凡社"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4582284701/n08-22/ref=nosim">王の身体 王の肖像</a></cite>, p.31］ことを正しく指摘しているのに、なぜ同じことを天皇や将軍に対しても当てはめないのか。それは、黒田氏が、天皇や将軍は、穢に対する浄、境界的存在に対する中心的存在のはずだという近代的な先入観に拘束されていたからであろう。</p>
<h2>4. 古代における日食と天皇の関係</h2>
<p>黒田氏によると、日食/月食に際して天皇の御所を席で裹む作法に言及した最古の記録は、藤原実資が残した日記『小右記』の長元2年（1029年）8月1日の記事にある。安倍晴明（没年1005年）のような、優れた陰陽師のおかげで、当時、既に日食の時期を正確に予測することができたことが窺える。</p>
<p>日食/月食の時期を予言することができなかった古代には、こうした作法は不可能であるが、日食/月食という太陽/月の死と天皇の死を重ね合わせる天人合一説/天人相関説的思想はあったと考えることができる。なぜならば、『日本書紀』には、天皇や天皇に準じる貴人の死と天変地異が関連づけられて述べられているからである。</p>
<p>井沢元彦氏や安本美典氏が、248年頃の卑弥呼の死と247年3月24日（あるいは248年9月4日）の皆既日食を、天人合一説/天人相関説に基づいて関連付けたことはよく知られている。また、もしもアマテラスを卑弥呼と解釈するならば、『古事記』や『日本書紀』に見える岩戸隠れの神話は、このときの出来事と関係があるということになる。しかしながら、これには反論もあって、邪馬台国の位置が北九州であれ、畿内であれ、247年3月24日にも248年9月4日にも、皆既日食は観測されなかったのではないかということが指摘されている。</p>
<p>以下の画像は、NASAのサイトにある、Fred Espenak が作成した、241-260年における世界の日食の軌跡を描いた図のうち、日本周辺の部分を切り取ったものである。</p>
<div class="object_top"><blockquote cite="http://sunearth.gsfc.nasa.gov/eclipse/eclipse.html" title="Source: NASA - Eclipse Home Page; Accessed Date: 2/6/2008"><img src="eclipse_nasa.png" alt="Eclipse Predictions by Fred Espenak, NASA/GSFC" /></blockquote></div>
<div class="caption_bottom">241-260年における日本周辺での日食の軌跡。青色は皆既日食で、赤色は部分日食が観測された地域。この地図は、<a href="http://sunearth.gsfc.nasa.gov/eclipse/SEatlas/SEatlas1/SEatlas0241.GIF">NASAが提供している地図</a>の一部であり、全部は、リンク先を参照されたい。［<a href="http://sunearth.gsfc.nasa.gov/eclipse/eclipse.html">NASA/GSFC</a>：<a href="http://sunearth.gsfc.nasa.gov/eclipse/SEatlas/SEatlas1/SEatlas0241.GIF">Total and annular solar eclipse paths（by Fred Espenak）</a>］</div>
<p>この図では、247年3月24日の皆既日食観測可能地帯は、対馬あたりまでしか来ていないし、248年9月4日の皆既日食観測可能地帯は、出雲沖合いの北の方までしか来ていない。だが、皆既日食観測可能地帯の周辺には、部分日食観測可能地帯が広範囲にわたって広がっているので、二回とも、北九州では、部分日食が見られたであろうということが推測できる。</p>
<p>また、もしもこの図が正確ならば、247年3月24日に、対馬では皆既日食が観測されたはずである。対馬国は邪馬台国の支配下にあったので、日食があったという事実は当時の邪馬台国の人々は認知したはずである。また、このときの皆既日食は、朝鮮半島や中国でも観察されたわけだから