仏教による去勢
仏教は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の系譜には属さないし、神の存在を想定していないから、宗教といえるかどうかも怪しい。それにもかかわらず、仏教は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教と同様に、去勢宗教としての性格を持っている。
1. なぜ仏教は女性を差別するのか
仏教は女性蔑視の宗教であると言われている。例えば、『増一阿含経』には、以下のような、女性を蔑視する記述が見られる。
お釈迦様は、長老に「女には、九つの悪い属性がある」とおっしゃった。その九つの悪い属性とは何か。女は、1、汚らわしくて臭く、2.悪口をたたき、3.浮気で、4.嫉妬深く、5.欲深く、6.遊び好きで、7.怒りっぽく、8.おしゃべりで、9.軽口であるということである。
仏教の開祖、ガウタマ・シッダールタは、女性(彼の養母であるマハーパジャーパティー)が教団に加わることを歓迎せず、八敬法を遵守するという差別的な条件付きでようやく許可したと『パーリ律』は伝えている。
さらに、仏教には、女性は、どんなに仏道修行に努め励んでも、女身のままでは仏となることは不可能で、成仏するには男の姿に転じなければならないという五障説・変成男子説がある。五障説とは、女性は、梵天王・帝釈天・魔王・転輪聖王・仏陀の五つにはなれないという説である。『法華経』十二「提婆達多品」には、女は成仏することができないというシャーリ・プトラ長老に対して、竜女が、女の身を転じて、男の姿となって成仏するという竜女成仏譚があるが、これは変成男子説に基づく。
仏教が、カースト制度による伝統的な差別を否定し、万人の平等を説く宗教であることを考えるならば、仏教の女性差別を軽視することはできない。もとより、こうした女性差別の言説が見られる経典は、比較的後の時代に成立したものであるが、初期の文献でも、「女人は《清らかな行い》の汚れであり、人々はこれに耽溺する
」[ブッダ神々との対話―サンユッタ・ニカーヤ1, p.43]というような、女性蔑視と受け取れる発言がある。
このことは、仏教が、枢軸時代に生まれた宗教の一つとして、母なるものとの決別を促す宗教であったことを物語っている。ガウタマにとってなぜ女性の忌避が必要だったのか、彼の人生と教えの中から、その答えを探っていこう。
2. 自発的去勢としての自傷行為
ガウタマの本来の教え(根本仏教)とは、結論を非常に簡単に言ってしまうならば、苦から逃れるためには、苦の原因である執着を捨てろというものである。欲望を満たそうとするから、不満になるのであって、欲望を自ら根源的に捨てれば、つまり、自発的に去勢すれば、不満(苦)から根源的に解放される。ガウタマは、苦行という自傷行為を通して、この自発的去勢の真理に到達した。
苦行といっても、ジャイナ教的な、肉体を極限状態に追い込む、一見ラディカルなようで、実は中途半端な方法によっては、ガウタマは最終解脱の境地に達することはできなかった。涅槃の境地に達するために必要なことは、肉体への自傷行為(例えば、ペニスを切り捨てるなど)ではなくて、欲望への自傷行為(性欲そのものを切り捨てるなど)である。
神聖な修行を自傷行為と形容して病気扱いするのはけしからんと仏教徒から叱られそうだが、出家と自傷行為には、その動機において、共通点がある。例えば、失恋した女性が髪の毛を切るという軽微な自傷行為を例にとって考えてみよう。女性は、元彼という「後ろ髪を引かれる思い」を切り捨てるために、髪の毛を切り捨てる。ふられるということは、プライドが傷つくショッキングな体験である。だから、「私は彼から切り捨てられたのではない。私が彼を切り捨てるのだ」と自分に言い聞かせるように、女性にとってペニスの代用物である髪を切り捨て、自分のプライドを守って、失恋という苦から逃れようとする。
手首や腕や足といった別のペニス代用部位を傷つける場合も同様である。鹿児島大学の心身医療科チームが調査したところ、家族からの放任や罵倒などを経験した人がリストカットなどの自傷行為するリスクは、そうでない人の8.7倍だった [朝日新聞:2006年01月22日] 。自傷患者は、家族から捨てられるのではなくて、自分から家族を捨ててやるというメッセージをこめて、リストカットをするのである。
自傷症は、しばしばそう誤解されているような、自殺願望の病気ではない。自傷症は、通常
自殺するためではなくて、筆舌に尽くしがたいほど苦痛に満ちた感情を処理する一つの方法として、身体もしくは身体の一部を意図的に傷つけること
と定義されている。
実際、自傷行為が自殺につながることはまれである。それは失われた主体性を取り返し、傷ついたプライドを癒す行為であって、結果として自殺の防止に役立っている。逆説的な表現を用いるならば、自傷症患者は、自らを傷つけないために自らを傷つけるのだ。この逆説は、欲望を満たすために欲望を満たさないという仏教の逆説に対応している。
失恋した女性は、普通、髪の毛をすべて切り落とすことはしない。それは男に対する未練をすべて捨ててはいないことの証拠である。これに対して、すべての執着を捨てて、出家する人は、髪の毛をすべて切る。ガウタマも、出家の後、剃髪した。そして、断食もおこなった。断食を行うことは、拒食症の症状と似ている。そして、拒食症も自傷症の一種である。
『縦横無尽の知的冒険』で、私は次のように書いた。
自尊心のある女性なら、ふられても、涙を流して卑屈になったりしない。自分を拒否して自分の価値を貶めた相手を拒否し返し、自尊心を保とうとする。「何だ、あんな男、たいしてハンサムでもないし」と相手の欠陥を見つけて、相手の価値を引き下げ、究極的には「私はもともと彼氏なんて欲しくないんだ」と無欲を装って開き直り、傷ついた自己を防衛しようとする。拒食症とは、拒否を拒否し返す象徴的報復であり、ルサンチマンである。
拒食症患者は、しばしば誘惑に負けて過食症になるが、ガウタマは、拒食でも過食でもない、禁欲主義でも快楽主義でもない中道を歩んだという点で、迷える並みの拒食症患者とは異なる。
3. ガウタマの出家動機
では、ガウタマは、何かプライドを傷つけられる挫折体験があって、出家したのだろうか。ガウタマの出家に関しては、四門出遊という伝説がある。ガウタマが東の門から出ると、老人に出会った。南の門から出ると、病人に出会った。西の門から出ると、死者の葬列に出会った。こうして彼は、老・病・死という苦に満ちた人生の現実を目の当たりにした。ところが、北の門から出ると、輝かしい出家修行者に出会い、自らも出家しようと決意したというのである。ガウタマの出家の真相を知ろうと思うならば、こうした類の、後の時代に作られた仏伝は無視して、最も古い経典、『スッタニパータ』に収められている「出家経」を手掛かりに、当時の時代状況を考慮に入れて推論しなければならない。
「出家経」には、「出家して身による悪行を離れ、言葉による悪行を捨て、生活をすっかり浄めた
」[ブッダのことば―スッタニパータ, No.407]とあるだけで、出家した経由が詳しく書かれていない。その代わり、出家した後、ガウタマが、故郷から遠く離れたマガダ国の首都、王舎城(ラージャグリハ)まで托鉢のために来たところ、マガダ国王が、彼に注目し、彼が隠遁する山窟にまで赴いて、軍事力の提供を申し出たが、断られたという奇妙な話が長々と書かれている。これは、今で言うと、出家を決意した中国のある田舎者が、日本の永田町まで托鉢のために来たところ、日本の総理大臣が、「立派なお坊さんだ」と感心して、彼に注目し、彼が隠遁する富士山の山窟にまで赴いて、自衛隊の指揮権を委ねようと申し出たが、断られたというのと同様の、荒唐無稽なストーリーである。
しかし、ここに、ガウタマの隠された願望を読み取ることができる。夢とは願望充足の表現であるとするフロイトは、
ある夢の意味がどうしてもわからないような場合には、その夢の顕在内容の特定諸部分を試みに逆にしてみるとよい。そうすると一挙に解決のつくことがある。
と言っている。「反対物への転化」を元に戻すならば、この話の原型は、ガウタマがマガダ国王に軍事力の提供を申し出たところ、断られ、出家したというようのものだったはずだ。そして、このストーリーなら、歴史的なリアリティがある。
磯部隆は、実際の史実を次のように、推測している [磯部 隆:釈尊の歴史的実像, 第一章第三節]。ガウタマ・シッダールタの父は、釈迦族の政治的指導者であった。釈迦族はコーサラ国王の支配下にあったが、釈迦族は独立心が強く、南のマガダ国と同盟を結び、南と北からコーサラ国を挟撃しようと企んだ。ガウタマは、この外交工作のため、王舎城に赴いた。ところが、当時のマガダ国は、ベンガル湾に進出しようと、ガンジス川下流のアンガ国と戦争している最中で、背後の安全を確保するために、コーサラ国と政略結婚をするなどして、平和な関係を築くことに努めていた。だから、マガダ国王は、ガウタマの軍事援助の要請をにべもなく断った。
後に、コーサラ国は、釈迦族を滅ぼすことになるのだが、先見の明があるガウタマは、この時既に釈迦族の運命を悟り、意のままにならない政治的現実を前に、出家したと考えることができる。ガウタマは、「クシャトリヤの家に生まれた人が、財力が少ないのに欲望が大きくて、この世で王位を獲ようと欲するならば、これは破滅への門である
」[ブッダのことば―スッタニパータ, No.114]と述べているが、これは彼自身のことを言っているのに違いない。
釈迦族は、カピラヴァストゥ(現在のインドとネパールの国境付近にある城郭都市)に住んでいた部族である。彼らが自分たちの土地を望んだということは、母なる大地を我が物としたいという欲望を持っていたということである。そして、コーサラ国王が、軍事力で脅して、釈迦族の独立を認めなかったことは、権力者(父)が、母子相姦を禁止し、去勢の威嚇をしたということである。ガウタマの出家はこれに対する防御反応であった。ちょうど、失恋した女性が、「自分は捨てられたのではなくて、自分から捨てたのだ」と自分に言い聞かせて髪を切り捨てるように、彼は、「自分は去勢されたのではなくて、自ら去勢したのだ」、「自分は、マガダ国王に軍事援助の要請を申し出て断られたのではなくて、マガダ国王が申し出た軍事援助を断ったのだ」と自分に言い聞かせて出家した。こうした願望を充足するために、史実に二つの逆転を施し、『スッタニパータ』の「出家経」が生まれた。私はそう解釈したい。
4. 死の欲動と涅槃の境地
ガウタマが行った自発的去勢は、フロイトの分類を使うならば、死の欲動の産物である。フロイトは、涅槃原則というバーバラ・ロウの仏教的表現を借用し、涅槃原則と快感原則を死の欲動と生(性)の欲動に対応させている。
私たちは、刺激に対する緊張状態を減らし、一定に維持し、終結させようとする努力を、心的生、神経的生一般の支配的傾向として認識した。これは快感原則が現れる時と似ているが、こちらは、バーバラ・ロウの表現にしたがって、涅槃原則と名付けよう。この認識こそは、私たちが死の欲動の存在を信じる最も強固な動機の一つである。
しかし、性的快感は死の欲動に属するのではないだろうか。この点をはっきりさせるために、快感と享楽というラカンの区別にしたがって、快感原則を享楽原則と名付け、生の欲動は、現実原則に従う欲動とすることにしよう。
フランス語の享楽“jouissance”には、「性的快楽、オルガスムス」という意味もあって、無制限な快感を表す言葉として使える。それは、バタイユが謂う所のエロティシズムの快楽であり、エロティシズムにおいて、人はエクスタシーという擬似的な死を体験する。これに対して、涅槃原則に基づく自発的去勢は、エロティシズムの快楽を断念することなのだから、両者は全く異なる。エロティシズムが主体性を放棄して母なる大地に戻ろうとする胎内回帰の欲動であるのに対して、自発的去勢は、母子相姦を自主的に断念することで、主体性を回復しようとする欲動なのである。ガウタマは、「諸々の汚れと執着のよりどころとを断ち、智に達した人は、母胎に赴くことがない
」[ブッダのことば―スッタニパータ, No.535]と言っている。これは輪廻としての胎内回帰から解脱したことを宣言したものと解釈できる。
生物学的には、現実原則と涅槃原則と享楽原則は、次のように区別される。現実原則は、個体保存のための個体保存の行為を、涅槃原則は、個体保存のための個体破壊の行為を、享楽原則は、種保存のための個体破壊の行為をもたらす。現実原則が、純粋な生の欲動で、享楽原則が、純粋な死の欲動であるのに対して、涅槃原則は死の欲動のような外観を持った生の欲動である。すなわち、自傷行為は、自殺行為のように見えて、実は自殺を防止するための行為である。これに対して、享楽では、人は、はめをはずしすぎて死に至ることがしばしばある。
| 死の欲動 | 涅槃原則 |
|---|---|
| 生(性)の欲動 | 現実原則(快感原則) |
| 種保存(死の欲動) | 快感原則(享楽原則) |
|---|---|
| 個体保存(生の欲動) | 涅槃原則 |
| 現実原則 |
フロイト以来、二つの死の欲動が混同されてきた。仏教の密教的解釈も、二つの死の欲動の混同から起きる。中沢新一によると [中沢 新一:ブッダの方舟, p.39-40]、チベットには、ガウタマが母と近親相姦をしたとか、降魔成道の際、セックスをしまくって悟りを開いたといった、とんでもない仏伝があるそうだが、セックスのエクスタシーで体験される幽体離脱を解脱と曲解し、その絶頂に涅槃の境地があるとする、チベット密教的・タントラ的・ヨーガ的・立川流真言的・中沢新一的な仏教理解では、仏教のどこが歴史的に画期的なのかがわからなくなる。中沢新一が、チベットで修行して見出したものは、原始仏教でもなければ、ましてやポストモダンでもなく、仏教以前の原始的な母権宗教に過ぎない。
タントラやヨーガの起源はインダス文明にまで遡ることができるが、ガウタマの時代に、インドで支配的だった宗教は、バラモン教である。バラモン教もまた、涅槃原則よりも享楽原則に基づく自然宗教としての色彩が強かった。バラモンが司るヴェーダ祭式にその特徴を見ることができる。祭官(バラモン)は、犠牲獣を屠り、ソーマを供物として祭火に注いだ後、残りを飲む。ソーマの原料には、幻覚作用のあるキノコが使われていたと考えられている。一種のドラッグである。それを服用することで、トランス状態となり、そのエクスタシー体験で得られたインスピレーションから、多くのヴェーダの詩句が生み出された。祭火が据えられたアグニ祭壇は、大鷲の形をしていたが、それは、天地の間を自由に飛び、祭主を天界まで送る鷲をイメージしたものだった。
祭祀での神秘的霊感を哲学的に説明した『ウパニシャッド』では、梵我一如、すなわち、大宇宙(自然界、ブラフマン)と小宇宙(個人、アートマン)との合一の真理を悟って輪廻から解脱することが説かれている。ブラフマンは、元来は「神聖な知識」という意味で、女神ヴァーチとして神格化された。ブラフマンは、現在のインドの神話では、ヴィシュヌ、シヴァとともに三大主神を形成するブラフマーに相当するのだが、男性神としてのブラフマーは、非常に抽象的な神で、存在感がない。それもそのはずで、ブラフマンは本来女で、ブラフマーの妻にして娘ということになっているサラスヴァティーが本当のブラフマンだからである。
ブラフマンが女だとするならば、梵我一如という神秘的合一(unio mystica)は母子相姦で、解脱とはエクスタシー(脱我)のことであると解釈できる。こうした、エロティシズムを神秘的な体験とする自然宗教は、去勢コンプレックス以前の時期には、世界のいたるところに存在していた。気候が寒冷化した去勢不安の時代に自発的去勢を行った仏教やジャイナ教は、バラモン教のような自然宗教に対するアンチテーゼとして、歴史を画期する意義を持つ。
5. 仏教のディレンマ
ガウタマは、自発的去勢により、涅槃の境地に達した。しかし、ガウタマの悟りには一つ問題があった。煩悩を捨てるといっても、食欲を完全に捨てるわけにはいかない。ガウタマは、
およそ苦しみが起こるのは、すべて食料を縁として起こる。諸々の食料が消滅するならば、もはや苦しみの生ずることもない。
と言っているが、何も食べなければ、餓死してしまう。かといって、食糧を生産するために、土地を耕すと、土地(地母神)に対する執着が生まれる。そこで、当時の慣習に従って、ガウタマは、在家信者から托鉢してもらうことで、生き長らえた。
在家信者に布施や托鉢をしてもらう対価として、ガウタマは何をしたのだろうか。自分が悟った真理を教えたのだろうか。これは原理的にはありえない。もしも在家信者が、ガウタマと同様のブッダ(覚者)になろうとするならば、出家して修行をしなければならず、布施や托鉢をするだけの生産能力を失ってしまう。ガウタマの教えをすべての信者が実践しようとすると、全員が餓死して、仏教もそれとともに消滅してしまう。その意味で、ガウタマが悟った真理には、普遍性がなかったと評さなければならない。
そこで、ガウタマは、功徳を積んだ在家信者に、来世での果報を約束しなければならないはめになった。ガウタマは、在家信者に
彼[聖者]に対して眉をひそめて見下すことをやめ、合掌して彼を礼拝せよ。飲食物をささげて、彼を供養せよ。このような施しは、成就して果報をもたらす。
と言っている。反対に、聖者をそしったり、悪意を抱くものは、地獄に落ち、気の遠くなるような年月の間、筆舌に尽くしがたい苦しみを味わうことになるとも警告している [ブッダのことば―スッタニパータ, No.657-678]。
ガウタマ自身は、来世や魂の不滅や輪廻を信じていなかったようで、その意味で、新しい宗教の開祖になるつもりはなかったと考えることができる。しかし、世俗の人たちは、仏教の出家僧に、来世での幸福の保証人の役割を期待した。こうして大乗仏教が成立するわけだが、実は、在家信者を救済するという点で、上座部仏教も大乗仏教も違いがない。上座部仏教が信仰されている東南アジアには、福田思想と呼ばれるものがあって、在家信者が自分の子供を出家させたり、托鉢の僧に食事を寄進したりして、功徳を積めば、来世における幸福な再生が保証されると信じられている。タイのように、寺院に金品を寄進する在家信者に、「祝福の証し」という領収書を発行しているところもある。蒔いた種を間違いなく、福田、すなわちプンニャ(功徳)となって実る田にしたいというわけだ。
仏教発祥の地であるインドで、仏教がすたれたのは、ガウタマとその教えに忠実だった後継者たちが、大衆の低レベルな宗教的欲望を満たすことに熱心でなかったからだと考えることができる。インドの仏教僧たちは、王侯・貴族・地主・豪商など社会の特権階級からの布施や土地の寄進に依存しており、一般民衆からは遊離していた。ジャイナ教は、在俗信者にも十二の小誓戒を厳守させ、彼らの宗教的救済をしたために、インドでも今日まで生き残っているが、インド仏教は、在俗信者の救済に熱意がなく、彼らに戒律の遵守を強制することもなかった。イスラム側の史料『チャチュナーマ』によると、8世紀の前半にイスラム帝国がインドに侵入した時、仏教僧たちは進んでイスラム教に改宗し、仏教寺院をモスクにしてイスラム式の祈りを取り入れた [保坂 俊司:インド仏教はなぜ亡んだのか―イスラム史料からの考察, p.142-143]。インドの仏教僧は、崇拝するべき神を持たなかったから、異教の神を容易に受け入れることができたのであろう。インド仏教は、1203年に最終的に消滅した。
6. 仏教におけるファルス崇拝
インド以外の地では、ガウタマが、自発的去勢により、父神との同一化を拒否したにもかかわらず、後世、上座部仏教でも大乗仏教でも、大衆によって神の如きファルス的存在へと祭り上げられたのは皮肉なことのように思える。だが、この点で、仏教が、父権宗教の典型であるキリスト教と大きく異なるということはない。
ファルスは、社会システムにおいて、ダブル・コンティンジェントな複雑性を縮減するコミュニケーション・メディアとして機能するのだが、この機能を果たすためには、ファルスは、私的特殊性を捨てて、普遍的存在者とならなければならない。貨幣商品が、使用価値を捨象することで、貨幣という純粋なコミュニケーション・メディアになることができるように、宗教家は、自らの私的所有物を捨象することで、神という宗教的なコミュニケーションのメディアとなることができる。イエス・キリストは、十字架で死に、肉体という私的で特殊な所有物を捨てることで普遍的な神となった。同様に、ガウタマは、命こそ捨てなかったが、私的で特殊な所有物に対する執着を捨てることで、死後、神に等しい普遍的な存在者となった。《預言者→罪人→神》というイエスがたどった三段階と《王族→苦行者→覚者》というガウタマがたどった三段階は、ともに《ケ→ケガレ→ハレ》というスケープゴートの弁証法として理解することができる。
7. 卍は仏教における去勢の記号である
イエス・キリストとともに、ガウタマ・シッダールタもまた、人類史の男根期に現れた去勢コンプレックスの宗教の開祖となった。キリスト教の象徴が十字架であるのに対して、仏教の象徴は、卍(まんじ)である。卍は、去勢の(したがって無の)象徴である十字が左に旋回する記号である。仏教以前では、太陽放射を表す記号として使われていたようだが、どちらにしても、それは男性原理を示す記号である。ちなみに、ガウタマ・シッダールタは、自分を太陽の裔と称していた。
卍には、左卍と、逆方向の右卍があり、右卍が力や理性を表すのに対して、左卍は、慈悲や愛を表す。ヒンドゥー教では、左旋回が太陽の動きとは逆なので、左卍は死を表すとされる。仏教を自発的去勢の宗教と特徴付けるならば、仏教には、左卍がふさわしい。右卍は、ナチスの鉤十字としても知られている。母のペニスである想像的ファルスを断念した左の仏教と父のペニスである象徴的ファルスを目指した右のナチスでは、方向が逆であるが、ともに去勢が出発点となっている。
8. 仏教が女性を嫌う理由
最後に、「なぜ仏教は女性を差別するのか」という最初の問題提起に答えることにしよう。これには、二つの理由が考えられる。
まず、ガウタマが行った自発的去勢は、母子相姦の自発的断念であるから、性欲は最も忌諱しなければならない煩悩の一つである。『転女身経』には、次のような、極めつけの描写がある。
女のからだのなかには、百匹の虫がいる。つねに苦しみと悩みとのもとになる。[…]この女の身体は不浄の器である。悪臭が充満している。また女の身体は枯れた井戸、空き城、廃村のようなもので、愛着すべきものではない。だから女の身体は厭い棄て去るべきである。
このように、仏教が女性を不浄視するのは、「もしも女が臭くて汚いなら、性欲が起きなくてよいのに」という願望をみたすためである。仏教の教義には、こうした、願望を現実に摩り替えるトリックがたくさんある。
もう一つの理由は、ガウタマ本人の意思に反して、ガウタマが「仏様」という、来世での幸福を保証するファルス的存在へと祭り上げられ、仏教が父権宗教になってしまったことである。この章で確認したように、世界宗教は、キリスト教もイスラム教も、すべて男尊女卑の父権宗教であり、仏教だけが女性差別をしているわけではない。





西洋的主観から逃れられてませんね
近代になって、キリスト教文化圏が世界のリーダーとなり、仏教文化圏が没落した事実をどう考えますか。あるいは、あなたは、仏教が、近代の行き詰まりを打開してくれる考えているのでしょうか。もし、そう考えているなら、その根拠を示してください。