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エントロピーの理論

エントロピーはたんなる物理学の概念ではない。エントロピーの法則は、生命システム、意識システム、社会システムといったあらゆるシステムを貫く法則である。本書は、オートポイエーシス、超越論的自己関係性、コミュニケーション・メディア、ファルス、スケープゴート、貨幣のシステム論的分析を行いつつ、さらにエントロピー史観から人類史を概観する。

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システムとは、選択する主体である。これが本書におけるシステムの定義である。しかし、一方的に定義を押し付けられても、読者の皆さんは当惑するかもしれない。そこで、常識的なシステムの概念から出発して、システムの本質が選択にあることを確認しよう。

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生物というシステムを考える上で重要なことは、それが何からできているかではなくて、それがいかなる機能を持っているかということである。環境との間にエントロピーの格差を作るというシステムの一般的条件以外にどのような条件が必要なのかを考えてみよう。

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生物の中には、意識を持つものもいる。さらには、記号を用いて、指示対象を抽象化し、他者とコミュニケーションするものもいる。意識を持つシステムは、どのような点で特殊な情報システムなのかを考えよう。

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多細胞生物は、複数の生命の集まりだが、それだけでは、社会システムを形成しているとはいえない。システムがたんなる要素の集まりでないように、社会システムもたんなるシステムの集まりではない。社会システムには、システム間の相互依存的選択が必要である。

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オートポイエーシスとは、《正当化の権力》と《権力の正当化》が相互に産出しあう自己準拠的再生産である。個人であれ、社会であれ、生命システムには、オートポイエーシスゆえのポジティブフィードバックが働く。そのことを、自殺の禁止という現象を手掛かりに探ってみよう。

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私たちの社会は、有史以前からずっと不平等であった。不平等な社会は、いったんできてしまうと、平等にはならない。なぜなら、いったん権力を握ったものは、その権力で自分の権力を維持しようとするからだ。オートポイエーシス論を社会哲学的に考えてみよう

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公的標準決定機関から公式に承認されて普及した標準が、デジュール・スタンダードと呼ばれるのに対して、市場原理が選んだ事実上公的な標準は、デファクトスタンダードと呼ばれる。デファクトスタンダードの古典的な事例は、VTRのVHS方式やオペレーティング・システムのウィンドウズなどである。これらの事例を参考に、ある標準がデファクトスタンダードとなるためにはどのような条件が必要なのかを探りながら、デファクトスタンダードの本質が何であるのかを考えよう。

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超越論的哲学とは、現象的世界の存在条件を、物自体ではなくて、物自体を認識しようとする主体に求める哲学である。認識が他のようでありうるならば、世界もまた他のようでありうるということである。もしも物自体が、現象的世界とは別の世界ではなく、現象的世界の総体だとするならば、不確定性の自己反省は、不確定性の存在論を帰結する。

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自我に意識があるということは確実な事実である。では他我にも同様の意識があるということをどうやって証明したらよいのであろうか。この証明に行き詰まる時、ひょっとしたら、意識がある存在者は自分だけではないだろうかという独我論が頭をもたげて来る。

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認識という複雑性の縮減が、常に他のようにも縮減できるという可能性を持つことは、私たちの認識が有限で、限界を持つということである。そして、自分の認識に限界があると認識できる人は、実は自分の認識の限界を超越している。限界の内部にいる人には、限界が見えない。限界を超越して初めて、限界を認識することができる。認識の限界を認識することは、超越を論じることであり、超越論的である。

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古来、哲学者たちは、時間とは何かと問い続けてきた。時間の定義はともかく、その性質は明白である。時間を特徴付けているのは不可逆性であり、そして孤立したシステムであるこの宇宙のエントロピーも、不可逆的に増大する。ここから、一部の物理学者は、エントロピーの法則を、時間の自然法則ではなく、時間の定義と捉えている。つまり、時間とともにエントロピーが増大するのではなくて、時間とはエントロピーの増大以外の何物でもないというわけである。

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空間は、時間ほど謎めいていないように見える。そして、普通の人は、3次元の空間の中で生きていることを自明だと考えている。だが、空間の3次元性は、決して直接的に知覚されるわけではない。私たちが最も頼りとしている感覚は、視覚である。しかし視覚は2次元であって、3次元ではない。例えば、立方体は、斜めから見ると、正6角形に見える。そして本来直角であるはずの角は、120度や60度に見えてしまう。このことは、3次元の物体が2次元の網膜視野へと射影されていることを意味している。では、私たちはどのようにして2次元的に与えられた網膜像を3次元的に知覚するのだろうか。

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鏡に映った像は、なぜ実像と左右だけが逆で、上下は逆ではないのか。この問題を考える前に、本当に鏡は左右だけを逆にしているのだろうかと疑ってみる必要がある。

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愛という言葉は、しばしば「ワインをこよなく愛す」というように、「好き」と同じ意味で使われることがあるが、ここで問題にしたいのは、そうした嗜好としての愛ではない。といっても、物に対する愛とは異なった人間に対する愛という形で限定したいわけではない。異性をたんなるセックスマシーンとして弄ぶ人は、ワインを味わって飲む愛好家と同様、相手を自分の嗜好を満足させる対象としてしか扱っていない。では、私たちが「精神的」という言葉で形容したくなる、狭義の愛は、嗜好としての愛とどう異なっているのか。

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1996年11月6日、東京都内のマンションの1室で、14才の息子(政彦)の家庭内暴力に悩む父親(加山健)が、息子を金属バットで殴り殺し、社会に大きな衝撃を与えた。事件発生当時よりも、家庭内暴力の詳細が明らかになった時の方が、世間の関心は高まった。息子に優しかった父が、なぜ息子を殺さなければならなくなったのだろうか。

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貨幣は、交換される商品から交換する媒介者へ、鏡像的他者からファルスへ、母性的存在から父性的存在へと変貌を遂げた。個体発生と系統発生を重ねながら、貨幣の歴史を精神分析学的に考察しよう。

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ハレムは、ファルスの独占を象徴する空間である。フロイトが未開社会の神話において想定した、息子に去勢を強いて、女を独占する、専制君主的父親を髣髴とさせる中国のハレムを精神分析学的に考察しよう。

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第5章では、エントロピーという観点からスケープゴート排除現象を考察しよう。ルーマンは、社会学者でありながら、社会学の重要テーマであるスケープゴートを扱わない。しかし、スケープゴート排除現象は、コミュニケーション・メディアの生成を考える上できわめて重要である。

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生贄には、供犠型と迫害型の2つの類型がある。カタルシスにおいて、スケープゴートとして抹殺される生贄は迫害型である。これに対して、供犠型の生贄とは、神の怒りを鎮めるため、あるいは神を喜ばせるために屠られる、貴重な動物や人間である。両者は、ともに生贄と呼ばれ、通常区別されない。しかし、どのような存在者が犠牲になるのかを見ると、違いがはっきりしてくる。迫害型生贄の例として、ナチスによるユダヤ人迫害を、供犠型生贄の例として、カルタゴで行われた子供の人身御供を取り上げ、違いを考えてみよう。

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なぜ一神教であるはずのキリスト教の神には、父・子・聖霊という異なった3つの位格があるのか。この謎を解くには、イエス・キリストのスケープゴート的性格と特殊を普遍へと止揚する弁証法的論理の認識が必要である。

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天皇の起源がスケープゴートだったということは意外であろう。例えば極東軍事裁判がそうであるように、多くの人が天皇のスケープゴートにされてきたのだから。しかし黎明期における天皇は、未開社会における酋長と同じで、スケープゴートの色彩が強い。皇祖天照大神を卑弥呼に比定し、そのスケープゴート的起源を明らかにしたい。

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価値とは低エントロピーである。近代経済学系の限界効用価値説とマルクス経済学系の労働価値説をエントロピー理論の視点から再検討し、さらに経済的価値論と道徳的価値論の統合を目指す。

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植物が実を結ぶように、あるいは動物が子供を産むように、お金は利子を生むものだと私たちは考えている。しかしお金とお金がセックスをして子供を産むわけではない。では、なぜお金は利子を生むのか。これに関しては、様々な説があるので、それらを1つづつ検討していきながら、結論を出すことにしよう。

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資本および資本主義社会とは何か。社会主義経済は、近代資本主義経済と異なるのか。資本の概念は、社会学的にどこまで拡大できるのか。これらの問題をシステム論的に考えてみよう。

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経済学では、通常消費は生産と反対の活動と考えられている。しかしエントロピーという観点からすれば、生産も消費も、環境のエントロピーを増大させることにより構造のエントロピーを減少させるという点で同じである。

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人類の歴史を振り返ると、画期的な出来事は、寒冷期に起きていることに気がつく。資源が減り、エントロピーが増大すると、そのエントロピーを縮減するために、人類のシステムは大きな変革を遂げる。このエントロピー史観にたって、本章では、文明が成立するまでの人類史を概観する。

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私たち人間は、自分の性器が他者、とりわけ異性の他者に見られることに強い羞恥心を感じる。植物は、自分の性器である花を、それこそ「はなばなしく」誇示し、動物も、自分の性器の露出を恥ずかしいとも何とも思っていない。なぜ人間だけが恥ずかしそうに自分の性器を隠さなければならないのか。

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私たちが、人間と他の動物との間にある最も重要な違いと考えている属性は、高い知性である。知性が高度になり、社会化が進んだ背景にも、気候の悪化があった。環境におけるエントロピーの増大が知性によるエントロピーの縮減を促したのである。

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本章では、農業革命、都市革命、精神革命、産業革命という文明時代の四つの革命を取り上げる。これらの革命は、2500年周期に現れる寒冷期に対応している。なぜ寒冷期は、周期的に現れるのか。太陽黒点数の関係から論じよう。

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人類は、いつから農業を始めたのか。農業を始めたことで、人類の生活水準は本当に向上したのだろうか。狩猟と採取で生計を立てている民族を参考に、かつての人類の姿を想像しつつ、この問題を考えてみよう。

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文化(culture)が、「土地を耕す」、「栽培する」を意味するラテン語《colere》に由来するのに対して、文明(civilization)は、「市民」を意味するラテン語《civis》に由来する。文化が農村的であるのに対して、文明は都会的である。前節で農業文化の誕生を論じたのに続いて、本節では、都市文明の誕生を論じることにしよう。

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人間の社会においては、有史以来、男尊女卑というのが常識である。しかし、人類の歴史全体を通して、常に男尊女卑であったわけではない。有史以前は、むしろ女尊男卑の時代だった。では、いつから、そしてなぜ男性上位社会が生まれたのだろうか。

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産業革命は、18世紀後半に、イギリスの木綿工業から始まった。しかし、なぜ18世紀後半という特定の時期に、イギリスというという特定の地域で、繊維産業という特定の産業から、産業革命が始まったのだろうか。

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50-60年周期のコンドラチェフ・サイクルは物価変動率の波動であって、景気循環ではない。では、物価のサイクルと成長のサイクルは、どのような関係にあるのだろうか。

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戦争は、通常政治的な現象だと考えられている。民族や宗教やイデオロギーの対立から戦争が起きるとか、石油を手に入れるために戦争が起きるとか、そうした通俗的な説明に満足している限り、近代の戦争の本質を理解することはできないし、戦争を防ぐ有効な手段をも見つけることができない。

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著名な経済人類学者カール・ポランニーは、1944年に出版された『大転換―市場社会の形成と崩壊』の中で、1816年から1914年までの金本位制の時代を国際協調と平和の百年として懐かしんでいた。はたして、金本位制は、世界に平和と安定をもたらしていたのだろうか。

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1638年に島原の乱が鎮圧されてから幕末まで、200年以上もの間、江戸時代の日本は、戦争も大きな内乱もない平和な国で、人口もほぼ2600万人のまま変化がない安定した社会だった。これは、当時の世界の他の国と比べると驚異的なことで、海外では「パクス・トクガワ」などと呼ばれている。この平和と安定の秘密は何なのか。

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