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カントの超越論的哲学

超越論的哲学は、超越的哲学や経験的哲学とどう異なるのか。超越論的哲学における超越とは、どこからどこへと超越することなのか。理論理性と実践理性は別なのか。カントの構成主義を行為論として解釈し、その行為の目的を問いつつ、『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』の三批判書全体を、全体部分関係論としてのシステム論の視点から、再構築する。

目次
読書案内

カントの入門書は、山のようにある。私が学生時代に読んだ当時の定番は、

岩崎武雄:カント

であるが、最近のものとしては、

などがある。ユニークなアプローチをとっているカントの入門書としては、

坂部恵:カント

中島義道:カントの人間学

などが、評価が高い。

入門書を読んで、ある程度問題意識を持ったら、カントの著作を直接読んでみよう。カントの名著は、哲学の古典中の古典なので、ドイツ語ができるなら、ドイツ語の原書を読んだほうがよい。特におすすめなのが、主著である三批判書が収められていて、たったの1707円(2004年10月現在)の、この本である。

倫理学や法哲学に興味のある人は、

も読むべきだ。

カントの専門家を目指すなら、アカデミー版全集を読まなければならない。この全集は、哲学専攻の博士課程がある大学の図書館なら、どこでも所蔵しているはずだ。私も大学院にいたころは、あの髭文字のドイツ語を読んでいた。結局「カントの専門家」にはならなかったけれども。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年2月12日|コメント:6個]
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コメント(6)

入門書の参考にさせていただきました。
ありがとうございました。

「論敵」が誤変換なのは一目で分かりますが、
訂正したほうがよいと思いました。

訂正しました。御指摘ありがとうございます。

いつもお世話になっています。ご迷惑でなければカントに関する次の諸点についてついでの折にでもご教示頂けないでしょうか。
1.カントは「この世のことは統一された一つの精神があればこと足りる」と言った。
2.カントは「人間は誰もが宇宙の中心に位置している」と言った。
3.カントの定言命法とは「あなたの意志の格率が常に同時に普遍的な立法の原理として妥当しうるように行為せよ」を指す。
4.カントの墓碑銘には「我が上なる星空と、我が内なる道徳法則、我はこの二つに畏敬の念を抱いてやまない」と刻まれている。
5.上記1-4の文脈はカント倫理学の異なる表現と理解して宜しいか。
6.上記1-4の文脈は永井さんの『一般システム学』における情報縮減の結論と一致すると受け取って宜しいのか。
7.カントは政治哲学の書として『永遠平和のために』を著しているが、これはカント哲学を集大成した現実世界に向けた提案とみなしてよいのか。

1. カントは「この世のことは統一された一つの精神があればこと足りる」とは言っていません。
2. カントは「人間は誰もが宇宙の中心に位置している」とは言っていません。これは、シェーラーの主張に近いでしょう。カントが言う超越論的主体は、経験的な人間とは異なります。
3. カントの定言命法には、いくつかのバージョンがあります。
4. そのようです。
5. 理論理性と実践理性は区別して考えた方が良いでしょう。
6. 一致するところもあれば、一致しないところもあると思います。
7. 『永遠平和のために』は、『人倫の形而上学』の続きと見ればよいでしょう。

カントに関する前回の質問にご教示をいただき厚くお礼申し上げます。それに関連する次の質問やコメントについても宜しくお願い申し上げます。
『カントの超越論的哲学』のページ冒頭に「三批判書全体を、全体部分関係論としてのシステム論の視点から、再構築する」とありますが、この一文に注目しています。
1.三批判書はそれぞれ認識上の真、倫理上の善、美学上の美つまり真善美に対応していると理解して宜しいか。
2.カントによれば真の認識を通して善の実践に至る順序のようですが、これはむしろ逆でデカルトのように我から始めて外延的に展開されるべきと思われますが。
3.超越論が認識を巡る理性の限界を指すとすればそれは認識論のみが対象と思われます。もっともカントは哲学とは「全ての哲学的認識のシステム」と言ったそうですが、これは同義反復です。つまり哲学は現実問題に何も応えていないように感じられます。
4.この文脈において三批判書とシステム論の対応関係については重大な関心を寄せています。ここで熱力学や脳科学を巡る最新知見は示唆に富むと思われます。
5.貴著作並びにサイト全体を拝読した結果として上記論題に対する接近は『人間原理とは何か』からの展開が最も妥当ではないかと私なりの印象を受けています。それはカント哲学と宇宙進化論と人間原理の緩やかで速やかな結合可能性を意味します。

1. そういう対応は、従来からよくなされています。ただし、『判断力批判』後半の崇高なものについての分析は、狭義の美とは異なるので、真・善・美・聖という四つの価値が論じられているという見方もできるかと思います。
2. カントの場合、理論理性によってその認識を断念した物自体的理念が、実践理性によって要請されるわけですから、『純粋理性批判』の後に『実践理性批判』が出版されたことは不自然ではありません。なお、カントの哲学は徹頭徹尾自我の哲学です。また、経験的自我と超越論的自我を区別しなかったデカルトとの単純な比較はできません。
3. カントの理論哲学は超越論的ですが、実践哲学は超越的です。そして、倫理学に関して限界を見出さなかったところに、私はカントの限界を見出しました。
4. カントは、自分の哲学を経験科学によって説明されることを望まなかったでしょう。
5. 私はまだまだ不勉強なので、このテーマについて機会があれば、もう一度よく勉強した上で、考え直したいと思います。

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