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言語行為と規範倫理

ウィトゲンシュタイン、ムーア、クワイン、ヘアー、ロールズ、ノジックなど、実証主義からポストモダンへ、論理学研究から言語行為論へ、メタ倫理学から規範倫理学へと変貌を遂げた英語圏の思想界を代表する論理学者・哲学者・倫理学者・社会哲学者の理論を批判的に検討しつつ、超越論的言語哲学の可能性を探り、言語行為とその規範を超越論的目的論の立場から考える。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年2月14日|コメント:0個]

英米系の哲学は、かっこいいフランス現代哲学や深遠なドイツの伝統的哲学と比べて、今ひとつ人気がない。それでも、私たちは、英米系の哲学から学ばなければならないことがある。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年2月14日|コメント:0個]

本書は言語と行為の関係を心理学的経験的にではなく、哲学的超越論的に論じる。その出発点となるのがウィットゲンシュタインの言語哲学である。後期の思想は、次の節で扱うこととして、まずは、『論理哲学論考』を中心にウィトゲンシュタインの写像理論を見ていくことにしよう。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年2月14日|コメント:0個]

ウィトゲンシュタインの哲学は前期と後期で決定的に異なるわけではないが、前期では、世界を等質的な単位から組立て可能/計算可能とする近代科学のイデオロギーの権化であった初期分析哲学の立場に近かったのに対して、後期では、世界を所与の全体性として理解する解釈学的傾向にある。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年2月14日|コメント:0個]

言葉の意味を指示対象と同一視する写像理論を放棄するならば、言葉の意味をどう考えたらよいだろうか。ウィトゲンシュタイン以降の分析哲学を、クワインを中心に考えてみよう。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年2月14日|コメント:0個]

ムーアが糾弾した「自然主義的誤謬」とは、事実から価値を導く誤謬ではない。事実から価値を導くことができないならば、あらゆる価値判断は不可能になるが、それはムーアが意図したことではない。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年2月14日|コメント:0個]

ヘアーは、日常言語学派の立場から道徳的言説の分析を行ったメタ倫理学者として知られるが、規範倫理学にも取り組んだ。ヘアーの規範倫理学はどの程度成功したのだろうか。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年2月14日|コメント:0個]

ヘアーは、日常言語学派の立場から道徳的言説の分析を行ったメタ倫理学者として知られるが、規範倫理学にも取り組んだ。ヘアーの規範倫理学はどの程度成功したのだろうか。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年2月14日|コメント:0個]

ヘアーは、日常言語学派の立場から道徳的言説の分析を行ったメタ倫理学者として知られるが、規範倫理学にも取り組んだ。ヘアーの規範倫理学はどの程度成功したのだろうか。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年2月14日|コメント:2個]

現代英米系倫理学/社会哲学を論じる上で、ジョン・ロールズの存在は無視することができない。彼のおかげで、英米でも実践哲学の関心事がメタ倫理学から規範倫理学へと回帰したわけだが、ロールズの正義論は、哲学的にはどのように評価できるだろうか。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年2月14日|コメント:8個]

ロールズの『正義論』以後、英米では社会哲学/政治哲学に対する関心が高まっていったが、本節では、ロールズの平等主義的政治哲学に対するアンチテーゼを提起したロバート・ノジックを取り上げたい。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年2月14日|コメント:0個]
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