市場原理は至上原理か

日本の国際競争力を低くしていると言われている、建設、金融、流通、農業、医療、教育といった保護産業の分野に市場原理を導入することは、社会にとって望ましいことなのか否かをめぐって、国家主義者、社会主義者、自由主義者の三人の論者が激論を戦わせる、バーチャル・ディベート・ショー。あなたは市場原理の導入に賛成か反対か。日本の将来を考えよう。
市場原理を導入すれば日本は良くなるのかどうか、所謂「市場の失敗」を防ぐにはどうすればよいのか、これからディベートを行う。それに先立って、本書とディベートの登場人物について説明したい。
社会主義の崩壊により、市場経済の勝利が宣言され、90年代の中頃まで、日本でも、規制緩和と小さな政府を望む声が大きかった。それなのに、なぜ、90年代の後半から、市場原理主義批判が高まったのか。市場原理主義批判は本当に正しいのだろうか。
市場原理は競争原理と同じなのか。市場原理は、富の不平等に反するから、民主主義を破壊するのか。政治的には、左に対する右なのか。市場原理に関する様々な俗説を検討する。
デフレが進行する中で、財政支出を切り詰めると、景気がさらにいっそう悪化するとして、小さな政府に反対する人がいる。デフレを悪化することなく、市場原理を導入することは、どうすれば可能だろうか。
日本の予算には、一般会計の予算とは別に、郵便貯金・国民年金・厚生年金などから国の信用で集め、国の政策目的実現のために政府系金融機関・地方自治体などに投融資する第二の予算があり、無駄な公共工事の温床となっている。この財政投融資は、99年度以降減りつつあるが、完全な廃止は可能だろうか。
公共財は、便益が非競合的で、フリーライダーを排除できないので、市場経済によっては生産できない。しかし、だからといって、公共財の生産に市場原理を導入することができないというわけではない。
地方分権を行えば、同じ日本国内で政府を選ぶ自由が増える。しかし、移転のコストが大きく、選択肢がバンドルされているために、選択の自由はあまり大きくはない。重要なことは、地方分権ではなくて、個人分権である。
バブル崩壊後、デフレの常として、金融危機が起きた。政府は公的資金の注入で危機を乗り切ろうとしたが、これは国民の顰蹙を買った。モラル・ハザードと言われないためには、金融危機にどのように対処するべきなのだろうか。
日本の金融機関が透明性を高め、信用を回復し、かつ、グローバルな競争に勝ち抜くためには、今後経営と融資のあり方をどのように変えていけばよいのか。日本人の資産の運用は、今後どうあるべきか。
日本の金融の改革する上で、世界最大の金融機関、郵便貯金の改革は避けて通ることはできない。なぜ、小泉純一郎が総理大臣になるまで、郵政事業の民営化には着手できなかったのか。民営化は、本当に必要なのか
郵政事業を民営化すると、過疎地の郵便料金が値上がりし、ユニバーサル・サービスが不可能になるとして、民営化に反対する人がいる。過疎地は都会より住居コストが安いのに、通信費は同額にしろという方が不平等ではないのか。
NTTは1985年に民営化されたにもかかわらず、なぜNTTの非効率な経営は温存され、1996年にインターネットがブームになってから2001年にヤフー株式会社が格安ADSLを始めるまで、日本の情報技術インフラの整備は遅れたのか。
出版不況の原因の一つである再販制度は、出版社の反対が強くて、いまだに残存しているが、守旧派がどう抵抗しようとも、インターネットによる中抜きと流通の合理化は、必然的に進むだろう。
戦後の日本の農業政策は、農業保護というよりも稲作保護の性格が強く、これが日本の農業の性格を歪めた。食糧安全保障という観点からしても、長期保存可能な米にだけ力を入れるこれまでの政策は間違っている。
資材の共同購入、農産物の共同販売から金融、共済、厚生、福祉にいたるまで、幅広く日本の農民の営農と生活をサポートする農協(農業協同組合)は、日本の農業にとって必要なのか、否か。
農業を守るために補助金を出すことは逆効果である。行政が、補助金と引き換えに営農に口をはさむと、民間の知恵が働く余地がなくなり、農業は競争力を失う。海外に輸出できるほどの競争力を持った農業は、どうすれば可能となるか。
医療保険は、もしそれが保険であるならば、高すぎて支払えない治療費のみを扱うべきである。日本の公的医療保険は、保険というよりもディスカウント制度と化しており、そのため医療需要を不当に大きくし、医療費の高騰という問題を惹き起こしている。
金儲けのために医療を行うべきではないというのが医療関係者たちの建前であるが、この美しい理念を隠れ蓑にして、非効率で、しかも患者の要望に応えない病院経営が放置されてきたことも事実である。より良い病院が選別される仕組みを作るには、どうすればよいだろうか。
2000年4月からスタートした公的介護保険制度は、公的医療保険制度と同じ問題を抱えている。高齢化の進展にともなって、公的介護制度は、公的年金制度ともに、重大な危機を迎えることになる。そうなる前に、社会保険制度を見直す必要がある。
義務教育は、日本国憲法26条にある通り、必要だが、公教育は不要である。バウチャー制度を用いて、教育をすべて民間に任せれば、教育の機会均等を守りながらも、子供たちの選択の自由を増やし、学校の質を上げることができる。
もしも公教育を廃止して、教育を営利企業に任せたならば、道徳教育が疎かになるのではないのかと懸念する人がいるが、営利企業であっても、現在の学校法人以上に効果的な道徳教育を行うことは可能である。
研究者は、金だけでなく、名声を求めて研究をしている。経済的価値が貨幣によって計測できるように、学術的価値は被引用度によって計測できる。経済に市場原理を導入することができるように、学界にも市場原理を導入することができる。




