近代世界システムの成立
ルーマンは、具体的なシステム論的歴史哲学を提示していないから、本章の残りでは、ルーマンのように理論的な堀下げは深くはないけれども、歴史哲学という点では注目すべき成果を上げたシステム論者、イマニュエル・ウォーラーステインを取り上げたい。
ウォーラーステインは、人類の歴史を次のように概観する。
これまで世界の歴史には、三つの異なった種類の社会システムがあった。すなわち互酬的なミニシステム、再分配的な世界帝国、資本主義的な世界経済の三つである。資本主義的な世界経済は、現時点における唯一の現存するシステムなのであるが、危機に直面しており、世界は目下第四の有望なタイプ、社会主義的な世界政府へと移行し始めたところである。
社会システムの変化は、人類が経験した二つの経済革命、つまり新石器時代における食料生産革命と近代における産業革命によって惹き起こされた。食料生産革命はミニシステムから世界帝国への移行を、産業革命は世界帝国から世界経済への移行を可能にしたのである。以下、1.ミニシステム、2.世界帝国、3.世界経済という三つのシステムの発展段階を、それぞれ順を追って記述したい。
1.ミニシステム
「互酬的なミニシステムとは、19世紀の人が“未開社会”と呼び習わしていたものに対するやや婉曲な名称である」[Wallerstein: The Politics of the World-Economy, p.148] 。現代の未開社会と旧石器時代の原始社会は同じでない。未開社会は、文明社会に征服されなくても、周辺で文明社会と接するとその内部性質を変えてしまう。しかし現在残存している未開社会の観察から原始社会の様子はある程度想像できる。
このシステムの組織は親族的(もっともたいがいのトーテムは仮想的な血縁関係なのだが)で、伝来の慣習に縛られ、したがって年長者の発言権が強い。しかし互酬性の原理に基づいているので、経済的には比較的平等である。未開社会に王がいる時もあるが、宗教的なスケープ・ゴートの性格が強く、世俗的権力を持った支配者ではない。
氷河時代が終わって、人類の生活が採取から生産へ、放浪から定住へ移行するにつれて、富の過剰が蓄積され、システム内部およびシステム間に貧富の格差が現れる。富める階級は一方で貧しい階級を支配しつつ、他方では征服戦争によって他の弱小ミニシステムを服従させ、帝国を築いていった。
2.世界帝国
帝国(国家)においては、政治的支配者は、直接の生産者から剰余生産物を税金(たいがいは現物)という形で搾取し、国家秩序・支配体制の維持のために、つまりシステムの階層にしたがって不平等に再分配される。それゆえこのシステムは、「再分配的な世界帝国」<e>と呼ばれる。
ちなみに「互酬 reciprocity」も「再分配 redistribution」 も、カール・ポランニーの用語である。彼は近代資本主義システムの統合形態を「交換 exchange」に求めて、次のように定義する。
互酬とは、対象的な配置の[二つの]対応点間での財とサーヴィス(あるいはそれらの処分権)の運動のことである。再分配とは、対象が物理的に動かされるにせよ、それらの所有権だけが移動するにせよ、中心(center)に向けてのそして再び中心からの運動のことである。交換も[再分配と]似たような運動であるが、今度はシステムにおけるすべての分散した任意の二つの点の間の運動である。
唯物史観の公式によれば、人類社会は、原始共産社会→古代奴隷社会→中世封建社会→近代資本主義という“発展段階”をたどってきた。中間の二つの区別は、西洋史を記述する上で重要ではあっても、人類史全体の場合ではそうでもないので、ウォーラーステインは両者を一括して世界帝国と名付けたわけである。
再分配的経済を持った世界帝国と資本主義的市場経済を持った世界経済という二種類の世界システムは、どちらも報酬の著しく不平等な分配を含んでいる。
富の不平等が権力の不平等=階級支配を生み、権力の不平等=階級支配が再分配において富の不平等をもたらす。この不平等の再生産の中で、被支配階級は支配者から剰余価値を一方的恒常的に搾取される。
労働によって生産された余剰の富(ネゲントロピー)は、不平等再分配・不平等交換において一方から他方へと搾取される。ウォーラーステインは、彼特有の術語として、搾取するほうを中核(core)、搾取されるほうを周縁(periphery)と名付ける [Wallerstein: Historical Capitalism, p.32] 。中核は通常周縁と比べて圧倒的に少数である。「数は力なり」であるから、たとえ中核が軍事力を掌握し、現体制のイデオロギー的正当化を試みたとしても、それだけでは不十分であり、支配は安定しない。そこで中核は、「分割して統治せよ」という支配の黄金律にしたがって、周縁を少数の中間支配者層と多数の被支配者層に分け、周縁の一致団結を防ごうとする [Wallerstein: The Capitalist World-Economy, p.22] 。
かくして中核と周縁の間に半周縁(semiperiphery)という第三の層ができる。半周縁は中核に搾取される存在ではあるが、周縁を搾取するという点で体制の受益者であり、自らの既得権益を守るべく支配体制の維持に加担するようになる。
だからこの半周縁は、いわば特殊な経済的役割を担わされているのであるが、その[存在]理由は経済的というよりも政治的である。
半周縁が周縁を支配するときも同様の分割を行う。分割を続けた結果、上は皇帝から下は不可触賤民に至るまで細かく格付けされたヒエラルヒーができあがる。支配者は被支配者に向かって「上を見ずに下を見よ。諸君は恵まれているほうだ」とそれなりの特権に注意を向けさせ、現体制に満足させようとする。世界帝国では封建的身分制度という形を取る中核/周縁構造は、資本主義的な世界経済システムでは脱政治化されて、経済的階級支配/南北分業という形で一層グローバルに再現される。
3.世界経済
改めて近代に特有な資本主義とは何かについて問うてみよう。将来に備えて富(資本)を貯蔵するとか、貨幣を媒介にして市場で商品を購入するとかいったことは、前資本主義社会でも見られたことであるから、特徴付けとしては不十分である。近代資本主義社会において初めて現れた現象は、資本のさらなる増大のために資本を投資することであり、貨幣が市場において W-G-W ではなく、G-W-G+ΔG として機能することである。そして資本主義的市場社会では、使用価値とは区別された(市場)価値が全ての物を規定するようになる。
さらに多くの資本を蓄積しようとして、資本家は、経済生活のすべての領域で[生産・交換・分配・投資の]社会的プロセスをますます商品化しようとした。資本主義は利己的なプロセスであるから、いかなる社会的業務も[商品化に]巻き込まれる可能性は本質的に否定できない。それゆえ、資本主義の歴史的発展が全ての物の商品化への移行をもたらしたと言うことができる。
謂う所の「全ての物」には労働も含まれる。世界帝国では労働の生産物から税金という形で可視的に搾取が行われていたが、資本主義社会では市場における労働と賃金の不平等交換において不可視的に搾取が行われる。
不平等交換は古代においても行われていた。歴史的システムとしての資本主義の目立った特徴は、この不平等交換が隠蔽されうるそのあり方である。実際、隠蔽はあまりに見事だったので、自他ともに認める資本主義システムの反対論者ですら、その隠蔽のヴェールを体系的に剥がし始めたのは、このメカニズムが作動し始めてから500年もたってからのことだったのである。
最初に「隠蔽のヴェールを体系的に剥がし始めた」のがマルクスであるとするならば、資本主義のメカニズムが作動し始めた500年前とは十 字軍遠征が終わって、イタリアの都市国家を中心にヨーロッパに商品経済が発達し始めた頃である。ウォーラーステインは、ウェーバーのようにイタリア・ポルトガル・スペインといった地中海諸国のラテン系初期資本主義と16世紀以降のオランダ・イギリス・ドイツといったプロテスタンティズムの倫理に基づくゲルマン系資本主義との間に決定的な相違を見いだして<g>、近代資本主義の源泉を後者に求めるということはしないようである。
いつから“本当の”資本主義が始まったのかという問題はさて置き、少なくとも確実に言えることは、ポルトガルやスペインが世界の五つの大陸を一つのシステムに結び付けるような経済圏をあらかじめ開拓していなかったなら、プロテスタンティズムの倫理はヨーロッパのごく一部の地域にしか影響力を持たない(持ったかどうかもあやしい)倹約倫理、田舎の宗教改革に終わったに違いないということである。そこで、なぜ中世の停滞期において世界の周縁地帯であったヨーロッパが、とりわけ先にも後にも世界史の表舞台に登場しないポルトガルのようなマイナーな国が、世界経済システムの樹立という人類史上輝かしい役割を果たしたのかということが問われる。
ちなみに14/15世紀の地中海経済圏は、当時のイスラム経済圏や東アジア経済圏と比べて特に進歩的であったわけではなかったし、ポルトガルやスペインの大航海も、同時代の鄭和の南海遠征(1405-1433年)と比べて規模が大きかったわけでもないのである。ところが明朝中国はヨーロッパとは対照的に、植民地活動を通して世界経済システムを築くことなく、むしろ逆に後退し、清の時代には(1757年)中国は鎖国状態となった。
なぜヨーロッパであって中国ではなかったのかの問いに対するウォーラーステインの答えはこうである。
中国人は、彼等の傲慢さ[中華思想]から、まさに自分たちだけで既に世界の全体であったがゆえに、植民地活動のために船団を派遣するようなことはしなかったのである。
中国はポルトガルに比べて、領土が広大かつ豊かであったから、経済的利潤を求めて外部へと拡張する必要はなかった。鄭和の南海遠征の第一の目的は、貿易による経済的利益の獲得ではなく、服属した諸国の王侯に珍品や贅沢品を朝貢させ、その代償として明朝の“天子”からは賜品を授けることによって、永楽帝の威光を発揚させることであった。これに対してポルトガルがインド航路を開拓した目的は香料や絹織物といった当時のヨーロッパ人の生活必需品の獲得(および貿易による利潤の獲得)だったので、同じ大航海でも動機と性格が異なっていたのである。
ポルトガルは国土が狭く、土地の遺産相続ができない次男以下が、リスボンに半プロレタリアートとして流出し、海外に活動の場を求めていた。ポルトガルが一番手となった理由としては、それが地理的にケープタウン経由のインドに最も近く、ヨーロッパ中央の政争に巻き込まれず、内政が安定していたということ、早くからイスラムの貨幣経済と交流を持っていたことなどが挙げられるが、自経済に自己完結的安定性がなく、絶えざる膨張を求める不安定性を、つまり不確定性に基づく進歩の可能性を持っていたことは、二番手以降のヨーロッパ諸国にも当てはまることである。豊かすぎるなら世界経済システムを作る必要はない。貧しすぎるなら作ることはできない。必要かつ可能な中間的存在者が、蓄積を求めて交易のネットワークを拡張するのである。
超越論的哲学が資本主義の上昇期に現れたのは偶然ではない。ポテンツを高めながら絶えず超越へと努力することが中産市民の原理である。資本主義システムは、いわば常に走り続けていなければ立っていられない自転車のように、剰余価値の搾取による蓄積をさらなる剰余価値の生産のためにつぎこむことによって自らをオートポイエーシス的に拡大再生産していく過程のうちに成り立っている。資本主義的な近代世界経済システムは、市場原理に基づいているために、世界帝国における上からの統制による確定性を欠いているが、その不確定性というゆらぎを通して自己組織化するのである。なお世界経済システムは、その中核国を変えながら今日にまで存続している。ウォーラーステインは特に強力な中核をヘゲモニーと呼んでいる。ポルトガル以後のヘゲモニーあるいは準ヘゲモニー<h>の変遷史は表3にまとめた通りである。
| ヘゲモニー国 | 開始時期 | エポック・メイキング・イベント |
|---|---|---|
| 1.ポルトガル | 1510年 | アジア植民地建設・東洋貿易開始 |
| 過渡期その1 | 1545年 | 銀大量流入による価格革命 |
| 2.スペイン | 1556年 | フェリペ2世即位 |
| 過渡期その2 | 1588年 | スペイン無敵艦隊敗北 |
| 3.オランダ | 1602年 | オランダ東インド会社設立 |
| 過渡期その3 | 1672年 | 第3次英蘭戦争開始 |
| 4.イギリス | 1815年 | ワーテルローの戦い・ナポレオン没落 |
| 過渡期その4 | 1873年 | 3帝同盟成立・ドイツ帝国の台頭 |
| 5.アメリカ | 1945年 | 第2次世界戦争終結によるヨーロッパの没落 |
| 過渡期その5 | 1968年 | ベトナム戦争でアメリカ敗退・ドル危機 |
ウォーラーステインによれば、資本主義の世界経済システムは二つの二分法から構成されている。
一つはブルジョワ/プロレタリアートという階級の二分法であり、そこでは支配階級のコントロールが、基本的には(ミニシステムにおけるように)世襲権利や(世界帝国におけるように)軍事力によってではなく、(所有権・蓄積された資本・テクノロジーの制御等を利用して)商品生産の量と質を決定できることによって作動した。もう一つの基本的な二分法は、中核/周縁という経済的分業 の空間的階層であった。そこでは、低賃金(もっとも監視は厳しいのだが)・低利益・低資本商品の生産者から、高賃金(但し監視は甘い)・高利益・高資本商品の生産者が剰余価値をわがものとしたのであって、これは所謂“不平等交換”である
彼は「この搾取の二つのチャンネルは重なり合うが同じではない」[ibid] と述べているが、両者の間には本質的な違いはないのではないか。一国内の階級間の垂直的な上下関係と、先進国/途上国間の「空間的」 つまり水平的な中心/周縁関係という区別は直観的に分かり易いかもし れないが、厳密なものではない。ブルジョワとプロレタリアートが居住区を「空間的」に異にすることがある。世界帝国における被支配者階級である奴隷は、通常征服戦争の捕虜であるから、階級関係は強国/弱小 国という中心/周縁関係に起源を有する。これとアナロガスに、世界経 済システムでも、トルコ人がドイツで、イラン人が日本で非熟練労働者として働くというように、中心/周縁関係が階級関係に投射されることもある。また反対に先進国の多国籍企業の役員が途上国にある支社に取締役として赴任することもある。中心/周縁関係を搾取する/される関係で定義した以上、階級関係は中心/周縁関係であり、逆に南北問題は階級問題であると言って構わないのである。
マルクスは、主として一国(例えばイギリス)内部での階級関係を分析しており、世界システムにおける搾取関係についてはほとんど論じていない<m>が、これは当時まだ世界の分業体制が本格化していなかったことによる時代的制約である。資本主義が発展するにつれて、自由競争という本来の理念とは逆に、市場の独占化・寡占化が進み、少数の巨大資本家およびその利益の代弁機構としての国家(帝国)による世界分割・ヘゲモニー争奪戦がグローバルに繰り広げられることが指摘されるのは、レーニンの頃になってからである。「この時代[資本主義の帝国主義的段階]に典型的なことは、植民地を領有する国と植民地との二つの基本的なグループの存在ということだけではなく、政治的には形式的な独立国でありながら、実際には金融上および外交上の従属の網で取り囲まれている従属国の種々の形態が存在することである」[レーニン:帝国主義,451頁]。
政治的には独立させておきながら、経済的には植民地として搾取・支配すること、これが資本主義の帝国主義的段階に特徴的な世界制覇のあり方である。レーニンは、今述べたような半植民地を、完全な植民地への過渡的段階と見ているが、政治的に支配する領土を拡張していく世界制覇のあり方は、旧来の世界帝国型支配の残滓である。ミニシステムが《一つの経済、一つの政治、一つの文化》で、世界帝国が《一つの経済、一つの政治、複数の文化》であったのに対して、資本主義的な世界経済は《一つの経済、複数の政治、複数の文化》である。資本主義的な世界経済では「政治的な中核が欠如しているということが、再分配的システムとの主要な相違である」[Wallerstein: The Politics of the World-Economy, p.153] 。
純粋な資本主義的世界経済へ移行するにつれて、具体的には第二次世界大戦以後、植民地は政治的には独立する。独立運動が盛んになるにつれて、植民地の政治的・軍事的維持は膨大なコストを要するようになり、経済的搾取という点から言えば余計な重荷となった。逆に言えば、独立を承認したのは、より効率良く経済的搾取をするためであったのである。ちょうど南アフリカ共和国が、黒人たちにホームランド(バントゥースタン)と呼ばれる独立国を作らせたのは、人種差別を撤廃するためではなくて、むしろその反対を正当化するためであったのと同様に、第三世界の諸民族に独立国を作らせたのは、先進国との間に経済的に平等な関係を作るためではなく、むしろその反対を正当化するためであった。
最後に、この問題についてルーマンがどのように考えているのか見ておこう。
伝統的社会が高度の文化へと進歩していくと、それらはヒエラルヒー的に、あるいは中心/周縁という形で、あるいは大抵は二つの原理の結合によって差異化された。
階層的な差異化には“頂点”があるし、中心/周縁という平面上の差異化には“中心”があると言ってよいであろう。中心/周縁の差異化は、あるいは都会と田舎の区別に、あるいはヨーロッパとその植民地との地域的な差異化に明かに見て取れる。このような前提は変化した。社会的差異化の当初の構造は、今日では機能システム間の区別に接続している。今日の世界ゲゼルシャフトがいまだにどの程度階層的にないし中心/周縁という形で差異化されているかは、機能システムがどれぐらい機能しているかによる。絶えざる戦争の危険にもかかわらず、世界ゲゼルシャフトの政治的諸システムが諸国家に地域的に分割されているのは政治的理由によるのであり、中心/周縁、先進国/発展途上国の差異化が生じるのは経済的理由による。
ルーマンもこのように、社会内部の階層的差異化と社会間の平面的差異化を区別するのだが、どちらも今日では機能的差異化へと移行したと分析する。機能的分化においても貧富の差異は残るのだが、「新しい経済学の反照理論は、貧富の差に無関心でなければならない」[Luhmann: Die Wirtschaft der Gesellschaft,S.83] 。貧富の差に関心を持つのは、宗教や道徳や法や政治である。「経済システムの反照は、宗教・道徳・法・政治に替わって今や学問に依存し、それによって自己記述のより大きな自由を獲得する」[Luhmann: Die Wirtschaft der Gesellschaft,S.82] 。
かつて古代社会においては、システムを統一する上で政治と道徳(両者はまだ一体であった)が中心的な位置を占めていたし、中世では宗教がそうであったが、近代に入ってかかる位階秩序は崩れ、経済は自律性を得るようになる。
社会が中心/周縁の位階秩序にしたがって差異化されていたあい だは、システムの統一性を“再現”することを独占的に可能にするようなポジション、つまり中心あるいはヒエラルヒーの頂点を設定することは少なくとも可能であった。機能的差異化への移行はこの可能性を打ち砕く。なぜならこの移行にともなって、多くの機能システムは、それら部分システムと環境のそのつどの区別を通して社会の統一性を再現することを委ねられ、さらに上で統一の再現をする高位の立場を持つことなく相互に競合状態に入るからである。
ヒエラルヒー論であれ、権限委譲論であれ、脱中心化理論であれ、それらは依然として頂点や中心から出発しており、今日の事態を十分に把握できないことをとりわけ認識しなければならない。
「今日の事態を十分に把握」するには、現代社会の機能的差異化の差異化された自己記述が必要である。
一見多様に見える現代社会の様々な対立関係をことごとく搾取/被搾 取関係へと還元して問題提起をするウォーラーステインとは対照的に、ルーマンは、差異化の多元性・多様性を強調することによって、階級問題の相対化・トリヴィアル化を計っている。
この[階級 的対立]状況はもはや我々の状況ではないし、振り返ってみれば、19世紀の社会もすでに極めて複雑すぎて、社会それ自体と社会の発展の展望を資本と労働の対立で理解することはできなかった。今日では、我々の社会の差し迫った大問題は、どれも階級闘争や資本と労働の対立の解消によっては解決されえないであろうことは明白である。
では一体、何によって、今日の「我々の社会の差し迫った大問題」が解決されるというのであろうか。
我々は前節で、進化の基準は複雑性の増大による複雑性の縮減であることを確認した。機能的差異化とは近代的な分業化のことであるが、それだけでは進化のこの基準(選択の自由の理念)を満たしたことにはならない。機能的差異化に伴って職業上の選択肢が増え、地球上のどこで生まれても、教育などを通していかなる職業にも就きうる可能性が増えることが複雑性の増大であり、希望する職業に就いて、他のようでもありうる可能性を一つの現実性へと限定することが複雑性の縮減である。
近代資本主義的世界システムがそのような社会ではないことは明らかである。例えば、さとうきびのモノカルチャー経済は、機能分化した現代の世界経済システムの一端を担っているが、そこの住人は、さとうきび栽培や製糖工場で働くこと以外に選択肢がなかったりするのである。プロレタリアートの子供が、経済的・文化的に貧困な家庭環境のゆえにプロレタリアートにしかなれないといった状況も同じような例である。社会システムを主語にして、諸個人をシステムの環境としてしか考えないルーマンにとっては、そのような問題は問題として意識さえされないと思うかもしれない。しかし視点を個人が行う選択から社会システム(例えば企業)が行う選択へと移した場合でも、中核/周縁という階級的固定化は、人材の確保という点で、複雑性の増大による複雑性の縮減の理念に反している。職を全ての労働者に対してオープンにする(複雑性の増大)ことによって、競争原理のゆえに優秀で安い人材を確保することができる(複雑性の縮減)。だからいずれにせよ、階級的不平等の固定化はシステム論的進化論にとっては克服すべき事態なのである。
ルーマンは、不平等問題の問題性を隠蔽するのみならず、所有/非所有という不平等を積極的に肯定さえしようとする。
経済は根源的には所有権によってコード化される。所有権[というメディア]は、システムの構成者をすべての所有可能な財に関して所有者であるか否かという選択肢で振り分けてしまう。
伝統的には、所有とは法的に正当な占有のことであるが、「決定的なことは、それよりむしろ所有と非所有の差異である」[Luhmann: Die Wirtschaft der Gesellschaft,S.189] 。もし全ての人が全てを所有しているならば、交換も経済もありえない。あるものを所有する人と所有しない人がいるからこそ、両者の間で交換が成り立つ。例えば、資本の所有者と技能の所有者の間で、労働力と賃金の交換が成り立つ。所有と非所有の差異から生じる需要の多様性と購買力の格差という「二つの点において、不平等は経済の出発条件であり、またその産出結果である。平等は死せるエントロピーであろう」[Luhmann: Die Wirtschaft der Gesellschaft,S.112] 。
ルーマンは慎重にも接続法第二式を用いているが、財産の多寡も需要の質と量も全て同じである平等な社会は、エントロピー(無秩序・不確定性)が極めて小さい。また不平等が固定されている社会もエントロピーは小さい。エントロピーが大きい社会とは、財産の多寡と需要の質と量が常に変動し、その予測が困難な社会である。資本主義システムとは、そのようなエントロピーの増大から生まれる散逸構造である。
慥かに、貧富の差を完全に抹殺する社会主義的悪平等は、市場の活気を損なうがゆえに、「死せるエントロピー」である。
生き生きしたエントロピー」は、もしそのような形容矛盾的な表現を認めるとしたらの話だが、その増大がネゲントロピーを産み出すようなエントロピーでなければならない。「市場とは生産と分配組織の視点から消費を認識することである。[…]より抽象的に定式化するならば、限界としての市場は、自己の規定的な複雑性と環境の無規定的な複雑性との差異である。
もし生産の時点であらかじめ消費が約束されているのならば、限界としての市場は消滅する。一般的に言って、「競争は環境の構造であってシステムの構造ではない」[Luhmann: Die Wirtschaft der Gesellschaft,S.101] 。「試練に耐える企業の進化論的な淘汰は、システム内在的に生産されたあの[市場の]不安定性に基づいてのみ、そして予知が合理的に確定できないことによってのみ可能である」[Luhmann: Die Wirtschaft der Gesellschaft,S.31] 。
同様のことは、政治システムや行政システムについても言える。
この[近代的な]意味でより高度の複雑性へと発展している社会においては、ダイナミックな人材編成が古い静止的な役割連関にとって替わる。選挙手続きの例から窺い知ることができるのだが、このことからダイナミックな人材編成が何をすべきであるかが分かる。すなわち、他の[例えば血縁的/地縁的]役割関係から切り離されて機能的 に特殊化されることができ、必要な複雑性の度合いに応じて不確実性と選択肢を生み出し、かつそれらの問題が解決されうるように援助と制御を規定しなければならない。
国家および国家公認の宗教や道徳による全ゲゼルシャフトの統合という中心/周縁構造を解体しようとするルーマンの機能分化論は、新保守主義の方向にある。自由競争の導入によるシステム機能の合理化はいいとしても、それが生み出す貧富の格差の増幅、ウォーラーステインが謂う所の中核/周縁構造の固定化に対して、システムがいかなるフィードバックをするのかについてルーマンはもっと論じるべきではなかったのだろうか。社会主義はそのようなフィードバックとして、つい最近まで有望視されていた。次節では、社会主義はなぜ成立し、なぜ崩壊したのかをシステム論的に見ていきたい。













