龍の百科
中国通が書いた龍のトリビア『龍の百科』を読みながら、龍は男なのか女なのかを考えよう。現在の中国人は、男と考えているようだが、もともとそうだったかどうかが問題である。
1. 龍は男で鳳は女か
蛇と鳥は、中国人にとっての二大トーテムであり、両者の戦いは、世界各地のプリミティブな社会で好まれるテーマだ。そして、中国人が愛する一対の瑞祥である龍と鳳は、蛇と鳥をモデルにしている。
池上は、龍と鳳に次のような区別があると言う [池上 正治:龍の百科, p.33] 。
龍-武・力・闘争・男・皇帝・陽
鳳-文・美・平和・女・皇后・陰
池上は、何新著『龍-神話と真相』[上海人民出版社, 1990]の仮説に基づいて、次のような二元論で整理する。
何氏によれば、遥か昔の中国大陸には、二つの代表的な血族集団があった。一つは母系制で、鳳をトーテムとし、もう一つは父系制で、龍をトーテムとしていた。この二つの集団が合体して、中華民族の祖となったとする。
誤解を恐れずに、この「龍と鳳」を拡大解釈してみたい。龍は、黄河を中心とし、ムギを食べる北方系である。鳳は、長江(揚子江)を中心とし、米を食べる南方系である。思想上でいえば、龍は秩序を重んじる儒教の、鳳は自由を重んじる道教の、それぞれ系譜にある。
果たして、このような単純な二元論が成り立つのだろうか。鳥は、父なる天とこの世との媒介者であり、蛇は母なる海または大地とこの世との媒介者である。父と娘、母と息子は相性が良いから、鳥が女で、蛇は男と考えてよいかもしれない。しかし、中国では、蛇/鳥の関係がそのまま龍/鳳の関係になるわけではない。
龍も鳳も、合成獣であり、龍は部分的には鳥であり、鳳は部分的には蛇である。中国の龍には、角が生えているが、これは、中国の伝承によれば、雄鶏の角を盗んだものだとされている。そして、龍は、蛇とは異なり、鳥のように空を飛ぶ。また、『説文解字』によると、鳳は「前は鴻、後は麟、首は蛇、尾は魚、額は鸛、髭は鴛鴦、 紋様は龍、背中は亀、嘴は鶏、頷は燕、体色は五色」と記述されている。 首は蛇で、紋様は龍とされているところに注意しよう。
2. 母なる龍としての黄河
龍が川と同一視される時、それは女性的な性格を帯びる。
中国人は黄河を、慈愛に満ちた「母なる存在」にたとえる反面、一匹の「暴れ巨龍」にもたとえる。
「母なる存在」と「暴れ巨龍」は両立しないのだろうか。私は、川をファリック・マザーのファルスとみなしている。ファリック・マザーはまさに「暴れ巨龍」にふさわしい。少なくとも、西洋では、常にそう表象されるのである。
3. 龍の眼は何を意味するのか
山東省にはこんな民話がある。崔黒子(ツオエヘイツ)という男が、龍の子を見つけて育てたが、大きくなると世話をすることができなくなって、洞窟に連れて行くことになった。崔が皇帝の命令で龍の眼が必要になると、龍は左の目玉を与えて、恩返しをした。この功績で崔は大臣となり、傲慢となり、今度は龍の許可もなく、龍の右目を取ろうとしたところ、龍に呑み込まれてしまった [池上 正治:龍の百科, p.191-193] 。
日本にも、これに似た「蛇女房」の話がある。
どこからか来た美しい女が嫁になるが、あるとき昼寝の場面を覗いたら女は蛇になっていた。蛇は見られたことを恥じて山の湖に去ってゆくが、去り際に目玉をくりぬいて、これをしゃぶっているようにと子供に残してゆく。「蛇の目玉」である。話はこの後、その目玉を殿様に召し上げられ、さらにもう一つの目玉まで取られるに及んで、蛇が洪水を起こし、領民一同水の底に消えてゆくと語っている。
蛇/龍の目は鏡である。自己を鏡像的他者に置き換える死の抱擁という点で、水面に落ちるナルシスの物語や見る人を石にするメデューサの物語と同じモティーフを有している。龍には鏡像的他者、つまり母の性格が残っている。
| 書名 | 龍の百科 |
|---|---|
| 媒体 | 単行本(ソフトカバー) |
| 著者 | 池上 正治 |
| 出版社と出版時期 | 新潮社, 2000/01 |




