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他のサイトに対するコメント

私が、日本の大学や大学院の現状を批判する理由は、私が博士課程にまで進学したにもかかわらず、大学教員になれなかったことに対する私怨ではありません。大学/大学院を脱社会主義化することが、国家の競争力向上のために重要であると考えているからです。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2010年3月 7日|コメント:0個]

株式日記と経済展望:日本の企業は、知的で独創的な人材を排除してきた」で、私が書いた「知識依拠型経済のグローバル化」にいろいろとコメントが寄せられているようなので、その批判と疑問に答えることにします。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2007年6月 9日|コメント:0個]

[今日のコラム(仮)] に対するコメント。プレスプランのサイトでの連載『性書』で「萌え」についてコラムを書いたところ、オタクと思しき人から批判がありましたので、それに対する反論を書きます。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2006年5月17日|コメント:8個]

[経営計画を考えろ!:WEB2.0?(難しい話になってしまいました)] に対するコメント。[論文編:植物型情報システムの時代]で論じた編集権の脱中心化とプロのクリエイターの没落について再び論じます。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2006年5月16日|コメント:1個]

[自遊日記: WEB.2と植物の認知システム] に対するコメント。なぜ近代知は生物を機械とみなそうとしたのに対して、現代知は植物にまで意識を見出そうとするのかについて。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2006年5月14日|コメント:7個]

[Living, Loving, Thinking - 永井俊哉/ジェンダー/廣松渉] に対するコメント。「社会学・社会理論専攻のSUMITA」さんが、[論文編:認識するとはどういうことか]に投げかけた疑問に答えます。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2006年1月17日|コメント:1個]

[はーふ・しりあす:NHKは「公共放送」なんです] に対するコメント (4)。[雑記編:NHK擁護派との泥沼論争]での論争の続きです。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年12月26日|コメント:0個]

[はーふ・しりあす:NHKは「公共放送」なんです] に対するコメント (3)。[雑記編:公共性という幻想]での論争の続きです。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年12月25日|コメント:26個]

[はーふ・しりあす:NHKは「公共放送」なんです] に対するコメント (2)。[雑記編:NHKはどのように民営化するべきか]での論争の続きです。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年12月24日|コメント:2個]

[はーふ・しりあす:NHKは「公共放送」なんです] に対するコメント (1)。NHKは国営放送ではないが、受信料を強制徴収する権利を与えた、準国営の公共放送だが、これを民営化し、市場原理を導入することにどのような問題があるのか考えましょう。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年12月23日|コメント:7個]

[数学屋のメガネ:機能としてのシステムの定義] に対するコメント。システムの定義において、機能が先か、構造が先かという問題を取り上げます。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年12月17日|コメント:0個]
[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年12月 2日|コメント:2個]

[幻影随想: 永井氏から返事が来たのだが] に対するコメント。[雑記編:政府は科学ジャーナリストに金を出すべきか]に対する黒影さんの反論に答えます。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年11月25日|コメント:2個]

[大学教員の日常・非日常:余ったポスドクで大本営発表] に対するコメント。問題提起を受けて、科学ジャーナリストを大学院で育成することの是非について論じます。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年11月24日|コメント:0個]

[ner式:長文失礼。] に対するコメント。ブログの普及で、ウェッブ1ページあたりの文章の量が減っているのは、SEOのためなのかどうかについて。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年10月30日|コメント:0個]

[Doblog - 現代思想の泉・社会哲学 -] に対するコメント。日本人には、長い文章よりも短い文章を好む傾向があります。簡潔な文が好まれるのは、世界中どこでも同じですが、日本人は、密度が高くても、長い文章は読みたがならいようです。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年10月16日|コメント:3個]

[Toki Pona: 永井氏の自分の評論への応答について] に対するコメント。普遍的で包括的な理論を構築するにはどうすればよいかという質問に対する答え。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年10月11日|コメント:2個]

[Toki Pona: 永井俊哉氏について] に対するコメント。システムの超領野的研究が必要なのは、部分について知るには、全体を知らなければならないからであり、また、部分を改善するには、全体を変えなければいけないからです。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年9月30日|コメント:1個]

[海外情報のプログ] に対するコメント。国家における民主主義と企業における株主中心主義は同じなのかどうかについて。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年9月12日|コメント:19個]

[世に倦む日日:郵政民営化とは本当は何なのか-公社分割と株式売却の中身]に対するコメント。郵政三事業は、外資が買収したいほど魅力的なのかどうかについて。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年9月12日|コメント:1個]

参院反対派の鴻池氏、郵政法案賛成に 青木氏と会談」 へのコメント。9月11日の衆院選で自民党が圧勝したことで、郵政民営化関連法案の成立が確実になり、参院反対派のリーダー格の鴻池祥肇元防災担当相をはじめとする11人が賛成に転換する考えを示しましたが、これで間接民主主義が不要であることがますますはっきりするようになりました。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年9月12日|コメント:3個]

X51.ORG : "666"は獣の数字に非ず - 新約聖書に新たな研究結果に対するコメント。ヨハネの黙示録は、婉曲的に当時のローマ帝国を批判している。ヨハネの黙示録の解釈を通して、カリグラとネロとどっちが本当の暴君だったのかを考えよう。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年6月10日|コメント:0個]

[Doblog - 現代思想の泉・社会哲学 -“議論の「土俵」について”] に対するコメント。立場の違う者とのネット上での論争をやめて、土俵から降りるにはどうすればよいのかについて。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年6月 5日|コメント:2個]

Doblog - 現代思想の泉・社会哲学 - へのトラックバック。「末は博士かホームレスか」での議論の続き。大学院重点化で増大した余剰博士が就職できるようになるにはどうすればよいのかについて。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年6月 3日|コメント:6個]

Amazon.co.jp に投稿された『縦横無尽の知的冒険』のレビューに対するレビュー(3)。在野の学者による知的冒険は無意味なのか、普通の社会人は、常識的な日常を生きていればそれでよいのかについて。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年5月26日|コメント:5個]

Amazon.co.jp に投稿された『縦横無尽の知的冒険』のレビューに対するレビュー(2)。先に証明しておくべき命題を前提とする論点先取は虚偽なのか、それとも不可避的でやむをえないことなのかについて。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年5月26日|コメント:5個]

Amazon.co.jp に投稿された『縦横無尽の知的冒険』のレビューに対するレビュー(1)。愛とはナルシシズムなのか、それともナルシシズムを超える崇高な自己犠牲なのかについて。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年5月26日|コメント:2個]

[港区赤坂四畳半社長(国益第一編):自動機械は人間の形を伴うべきか?] に対するコメント。「ヒューマノイドはスイスナイフになる」での論争の続き。自ら判断するヒューマノイドロボットは本当に必要なのかについて。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年5月18日|コメント:3個]

港区赤坂四畳半社長(国益第一編):インターフェースの汎用化に対するコメント。「ヒューマンインターフェースの汎用化」での論争の続き。何でもできるヒューマノイドロボットは、スイスナイフと同様に、何の役にも立たないのではないかという問題について。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年5月16日|コメント:0個]

[港区赤坂四畳半社長(国益第一編):万能性と機能性] に対するコメント。「ヒューマノイドの多機能化」での論争の続き。ヒューマンインターフェースが汎用化されることで、ヒューマノイドロボットが汎用的に活躍できるようになるのかという問題について。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年5月14日|コメント:2個]

[人類水生進化説(アクア説) | しんりの手 :psych NOTe (米国心理学部院から)] に対するコメント。「しんりの手」は、アメリカの大学院で心理学を学んでいる綺麗山さんが心理学系の論文を紹介するブログです。日本の一般人には、アメリカの学術論文に接する機会があまりないので、このブログは貴重です。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年5月14日|コメント:0個]

北朝鮮・核燃料棒取り出し!「レッドライン」に抵触か?に対するコメント。もしも北朝鮮が核開発を行い、イランなどに輸出するようになったら、アメリカが北朝鮮を攻撃するのではないかという予測について。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年5月13日|コメント:5個]

つれづれ:人型ロボットに対するコメント。現在のヒューマノイド・ブームが、かつての人工知能ブームと同様に、商業的な需要がないので、商業的には成功しないだろうという私の予測について。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年5月11日|コメント:0個]

[汝、沈黙するなかれ、北の大地より] に対するコメント。インターネットの普及により、個人がメディアの主役になれるのか、それとも相変わらず大企業がメディアを支配し続けるのかについて。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年5月11日|コメント:4個]

[Hugo Strikes Back!: なぜ人は性器を隠すのか] に対するコメント。服を着て隠すようになったから性器の露出が恥ずかしくなったのか、それともそれ以外に原因があるのかについての論争。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年5月 7日|コメント:0個]

H-Yamaguchi.net: 情報財の計画経済と市場経済に対するコメント。ニュースの選別をアクセスランキング等に頼っていると、興味本位の記事ばかりが読まれ、まじめなニュースが読まれなくなるという既存メディアの主張の検討。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年5月 7日|コメント:1個]

西尾幹ニのインターネット日録: 「人権擁護法」という狂気の法案に対するコメント。西尾幹ニは、 ニーチェやショーペンハウアーを研究していた人だが、「自由主義史観」を唱えている「新しい歴史教科書をつくる会」の名誉会長としての活動のほうが有名です。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年4月24日|コメント:2個]

[古代日本史への情熱:持衰と架空の存在] に対するコメント。『魏志倭人伝』に登場する邪馬台国の持衰(じさい)は、船に乗って旅人と同行したのか否かという問題について。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年4月11日|コメント:0個]

[不合理ゆえに我信ず: 個体生命論・語り得ぬもの] に対するコメント。「意識とは何か」についての続き。チューリング・テスト (ある機械が知的かどうかを判定するためのテスト)について。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年4月 9日|コメント:2個]

池田信夫 blog:リバタリアニズムに対するコメント。池田信夫は、デジタル地上波批判・「日本発のグローバルスタンダード」批判などで有名な人で、彼の立場は、リバタリアニズムと言うことができそうです。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年4月 9日|コメント:4個]

[不合理ゆえに我信ず: 意識とは何か] に対するコメント。「意識がある」ということと「生命がある」ということと「自己がある」ということの違いについて。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年3月 9日|コメント:6個]
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