持衰非同行説
[古代日本史への情熱:持衰と架空の存在] に対するコメント。『魏志倭人伝』に登場する邪馬台国の持衰(じさい)は、船に乗って旅人と同行したのか否かという問題について。
持衰に関しては、大林太良の説が説得力があります。インドネシアの持衰に相当する人物は、同行していません。 『魏志倭人伝』では、持衰の記事は、航行中ではなくて、日本到着後の、風俗紹介の文脈で出てきます。だから、私は、持衰非同行説を支持します。国家を船に喩えるならば、持衰は、卑弥呼に、船長は、卑弥呼を補佐したと伝えられる男弟に相当します。卑弥呼は聖なる存在ですから、世俗的国家という船の外にいて、対照的に、世俗的な実務を担当していた男弟は、世俗的国家の内部にいなければなりません。卑弥呼は、父なる太陽に使えていたので、女性であり、船の持衰は、母なる海に使えていたので、男性であったと考えることができます。これに対して、インドネシアでは、神は男だと考えられていたのでしょう。
これを読むと、聖徳太子は持衰のような役割といっていいのかもしれないと思えます。
持衰が、屠られる前の生贄であるのに対して、聖徳太子は、怨霊崇拝のために、蘇我氏滅亡後に作られた偶像です。
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