知識依拠型経済
「株式日記と経済展望:日本の企業は、知的で独創的な人材を排除してきた」で、私が書いた「知識依拠型経済のグローバル化」にいろいろとコメントが寄せられているようなので、その批判と疑問に答えることにします。
日本は遅れているぞ、人の権威を利用してサローはこういった、マックスウエーバーがこういった、だからこうしようはききあきた。 「私はこう思うのでこうする」 を聞かせてください。
これは、書評ですから、こういう形式になるのは仕方がないことだと思います。私がこの書評で言おうとしたことを、自分の言葉でまとめると、これからの知識依拠型経済の時代で、日本が先進国であり続けようとするならば、最先端の学術研究をもっと強化しなければならず、そのためには、それを可能にする制度上の変革が必要であるということです。
近年、日本とアメリカ以外に、革新的な新製品・サービスを出した国があるだろうか。 日本を過小評価し過ぎだと思う。
「日本社会では知的で独創的な人材を排除して来た。」というのは、ある意味デマではないだろうか。 そうでなければ、革新的な新製品・サービスは誕生していないだろう。 それとも、日本社会は集団で独創的を生み出すのだろうか。 行わなければならないのは、今後も革新的な新製品・サービスを生み出す体制を維持すること。
私は、日本人に独創性がないと主張しているわけでもなければ、日本では、いかなる独創性も評価されていないと主張しているわけでもありません。日本企業が、革新的で独創的な新製品・サービスを生み出していることは事実ですが、その革新性と独創性は、革新的で独創的な科学理論に基づいているというよりも、職人的な創意工夫によるところが大であるように見受けられます。革新的で独創的な科学理論に基づく場合でも、その革新的で独創的な科学理論それ自体は、自分では作らないというのが普通です。日本の企業が、海外の企業とは異なって、修士を採用しても博士を採用しないのは、そのためでしょう。この意味において、日本経済は、工夫依拠型経済であって、知識依拠型経済ではないという言い方ができるかもしれません。
文部科学省の科学技術政策研究所の報告書(2007年4月4日, p.57)によると、1999-2004年に発行された引用回数で上位にある約1万件の重要論文の国別占有率は、高いほうから順に、米国(61%)、ドイツ(13%)、イギリス(12%)、日本(9%)、フランス(7%)、中国(3%)でした。日本は、米国に大きく水を開けられているだけでなく、ドイツやイギリスなど、経済規模では格下の国の後塵を拝しています。日本は、学術研究の分野では、世界第二位の経済大国にふさわしい役割をしているとは言えません。
基礎研究の分野でリーダーでないと、新しい産業のパラダイムを作ることができません。せいぜいパズル解きレベルの仕事しかできません。日本は、これまで、人類文明の進歩において、優秀なアシスタントとしての役割を果たしてきましたが、アジア諸国が台頭し、アシスタント役の競争が激しくなっている現状を考慮に入れると、今後とも先進国としての高い地位を維持するには、アシスタントの役割に甘んじることなく、積極的にリーダーの役割を目指すべきでしょう。
日本の大学は、研究の面でも教育の面でも国際競争力があるとは言えませんが、日本経済が工夫依拠型経済であったために、これが日本経済の国際競争力を弱めることにはなりませんでした。しかし、これからの知識依拠型経済の時代を生き抜くためには、大学の国際競争力を高める必要があります。そして、日本の大学の国際競争力を日本の製造業の国際競争力並みに高めるには、日本の製造業を鍛えたのと同じような市場原理を大学にも導入するべきでしょう。
「日本人は個性に乏しい」とか、「個人よりも組織優先の社会」などと言いますけど、これだけ変人がよく出る社会はあんまりありません。ホリえもんから黒川紀章まで、どの分野を当たっても個性豊かな変人がいる。個人を大事にするといわれる英国社会が、生み出した革新的な経営者といえば、せいぜいリチャード・ブランソンくらいでっせ。 実は日本社会というのは、変人にとって住み良い環境なんじゃないかと思います。その証拠に、日本の歴史を遡れば、変人のいなかった時代はないといっても過言ではない。「空白の10年」と呼ばれた時期でさえ、あれだけ多くの変人が輩出したではありませんか。
日本には、潜在的に優れた才能を持った、個性豊かな人がたくさんいますが、問題は、それを評価し、活用していく仕組みが不十分だということです。日本は終身雇用の社会ですから、変人だからといってクビにはせずに、窓際に座らせて、給料を払います。その意味では、変人に寛容ではありますが、それは変人を積極的に評価するということとは異なります。そもそも変人は、評価されるならば、「変人」などとは呼ばれないはずであり、「変人がたくさんいる」という事実自体が、日本の労働市場の硬直性を雄弁に物語っています。変人は、本来ならば、自分を評価してくれる職場を求めて転職するべきなのでしょうが、日本ではそれが困難です。知的独創性を生み出すには、一生同じタコツボにこもっているよりも、積極的に異分野に挑戦したほうがよいのであって、その点でも、終身雇用制はやめたほうがよいというのが私の意見です。




