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自民党のメディア政治

たとえ政府がお金を出してコミュニケーター、インタープリター、ジャーナリストを育てたとしても、それは大本営発表要員を育てることには全然ならないのです。ご安心ください。今回の政府の出資は国民すべての利益に合致しますし、我々一同がその方向に向かって努力もしているところです。

なぜ、コミュニケーター、インタープリター、ジャーナリスを育成する大学院が作られるようになったのか、その政治的背景を考えてみましょう。

従来、自民党は、マスコミ対策や浮動票対策には熱心でなく、一部の業界団体と癒着することで組織票を確保することに力を入れていました。この体質は、小泉内閣が成立してから、大きく変わりつつあります。

2005年の衆議院議員選挙が典型的にそうであったように、自民党は、マスメディアを通じた大衆動員によって、選挙に勝利しています。いわゆる小泉劇場と呼ばれる現象です。自民党は、選挙前に、ブログおよびメールマガジンの作者33人と党幹部との懇談会を自民党本部で開催しましたが、これなども、自民党にしては斬新な試みです。

もちろん、最も影響力のあるメディアは、テレビです。政府が、民間のテレビ番組制作会社に金を出して、政府にとって好ましい番組を作らせるといったことなら、既に行われています。自民党は、今後もこうしたメディア戦略を推し進めていくでしょう。

永田町におけるこうしたトレンドを考慮に入れるならば、なぜ政府が、民間にそれほど需要があるとも思えない科学ジャーナリストを大学院で組織的に育てようとしているのかが理解できるのではないでしょうか。結局のところ、科学ジャーナリスト養成大学院は、メディア対策を重視する政府と自分たちの仕事を増やしたい大学の思惑が一致してできたのだと思います。

政府の立場を擁護する科学ジャーナリストがいてもかまわないけれども、それに対抗できるだけの、政府に批判的なジャーナリストが民間で育たないとするならば、それは好ましいことではないと私は考えています。

政府が国策として行いたい科学に大きな予算をつけることはあるでしょうが、それを否定するとなると国立大学や国立の研究所における研究をすべてやめなければならなくなりますが、永井さんもまさかそこまではおっしゃらないと思います。

私は、国立大学や国立の研究所は不要だと思っています。教育も研究も民間法人がすればよいのです。政府は、公共財を直接生産するべきではなく、あくまでも、公共財の生産者と消費者を媒介する透明な媒体となるべきです。詳しくは、末は博士かホームレスかの5をご覧ください。そこでは、政府の裁量が入る余地のないシステムを提案しました。

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年12月 2日|コメント:2個]
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コメント(2)

 トラックバックありがとうございました。

 永井さんの考え方は潔癖すぎる気がします。政府や官僚の意図が不純なのはおっしゃるとおりかも知れませんが、だからと言ってそこから発せられる資金援助制度を利用できないということになると、反体制的な考えを持った人々はは税金の再配分を利用することができなくなり、ひたすら疲弊するのを待つばかりという気がします。(民間はもっと過酷です。)

>私は、国立大学や国立の研究所は不要だと思っています。

 というところで見解の相違がはっきりしました。ご意見は理解できますが、我々自然科学系の分野にいるものにとってはとても現実的なものとは思われません。

私は、意思決定プロセスの民主化を主張しているわけであって、公的な資金援助制度自体を否定しているわけではありません。私は、

資金配分と人事が公正になる→研究成果があがる→科学技術に対する納税者の評価が上がる→科学技術に対する予算が増える

というやりかたで、科学技術を振興させるべきではないのかと提案しているわけです。そして資金配分と人事を公正にするには、意思決定プロセスに市場原理を導入するべきです。

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