日本の民主主義は衆愚政治か
[海外情報のプログ] へのトラックバック。国家における民主主義と企業における株主中心主義は同じなのかどうかについて。
たまに日本に帰ると悲惨極まりない様態になっている。将に衆愚政治、劇場政治のなれの果てだ・・・時間的視野があまりに短すぎる。
[海外情報のプログ]
今の日本の民主主義は、衆愚政治でしょうか。今回の衆議院選挙での有権者の選択(郵政事業民営化の肯定)は、思惑はそれぞれでしょうが、結果としては正しいものだったと思います。
民主主義というのは、株式会社における株主重視と同じ原理です。取締役が、資金を投じた株主の意向に従わなければならないように、国家の指導者は、税金を納めている国民の意向に従わなければなりません。
株主が、選択を誤って、自分の投資資金を失ったとしても、それは自業自得です。人間は失敗をしなければ、賢くなりません。同じことは、民主主義についても言えます。大衆が愚かだからといって、選択する権限を与えないと、ますます愚かになります。大衆が判断を間違うこともありますが、その間違いが自分の不利益になることを体験して、賢くなってもらうしかありません。
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問題は学習するのに時間がかかる、というその点にあるように思われます。過去の事例を忘れてしまうか、または世代交代が進んでしまうため、確固たる認識の醸成がなされない、という堂々巡りに陥っていた可能性が覗えます。史実から学んできた事柄を想起すれば、或いは異なった結果がでていても決しておかしくはありませんでした。当該内閣がもつ固有の問題点(対米犬型)を承知していれば、その政治資質と判断能力に問題のあることは理解できていたはずです。郵政省の改革を扱う以前に、外務省の問題を解決するチャンスを既に見逃していました。現象を記憶していなければ、因果の関係を意味として理解することはできません。
内閣を信任した国民が増税にも改憲にも異を唱えずに支持を続けるような場合には、まさしく衆愚そのものと言わざるを得ません。また、事後になって注文をつけるような場合には、投票に際して考慮すべき要素を見落としていた、という事実を指摘しなければなりません。賢明な国民であれば慎重な投票行動が見られなければならないのです。軽挙というビヘイビアに対して衆愚と形容したのであれば、真実を衝いている表現だといえるのではないでしょうか。
“内閣を信任した国民が増税にも改憲にも異を唱えずに支持を続けるような場合には、まさしく衆愚そのものと言わざるを得ません。”
これは、民主主義の欠陥ではなくて、間接民主主義の欠陥です。だから、私は直接民主主義を主張しています。
◎ インターネットによる直接民主主義
http://www.nagaitosiya.com/a/referendum.html
ライブドアの崩壊と自民党政治を見ていてどう思いますか?
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060203-00000204-yom-pol
党職員の堀江陣営入り「何ら問題ない」と武部幹事長
ライブドアの犯罪行為は数年前に遡り地検は選挙の
かなり前(ちょうど1年前)にはその証拠の多くを
掴んでいました。有権者はその情報を知らせれませ
んでした。恐らく、政治的思惑からでしょう。
粉飾決算をすれば株価は操作できますし、情報を
誘導すれば支持率を操縦できます。
さて、、、日本の政治は何処に流れていく?
“ライブドアの崩壊と自民党政治を見ていてどう思いますか?”
間接民主主義では、政治家と利権団体との個人的癒着が大きな問題となります。この問題を解決するには、直接民主主義が必要だと思います。
株式会社は直接民主制度です。一般株主(有権者)は堀江の
粉飾を信じて株式を購入しました。更にその堀江を応援した
のは自民党執行部です。その時既に堀江の犯罪行為はネット
を始め指摘されていましたし地検も証拠を掴んでいました。
それを政治的な理由によって先延ばしになっていました。
国策捜査については既に詳細が書かれています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/佐藤優_(外交官)
直接民主制度は情報の公開が必要ですがそれが現政権に
よって阻害されているとするならば有権者はライブドア
やエンロン、ワールドコムの株主と同じとなります。
日本や韓国のように情報が歪曲された国では間接民主政治より直接民主政治は有害といえます。間接民主政治は賄賂を授受するという個人的な腐敗ですが直接民主政治は往々にして賄賂それ自体の存在を合法化する又は情報を隠蔽すると言う手段によって政治家個人の腐敗が政治社会全体の腐敗へと驀進するからです。
“直接民主制度は情報の公開が必要ですがそれが現政権によって阻害されているとするならば有権者はライブドアやエンロン、ワールドコムの株主と同じとなります。”
たしかに情報の非対称性は、市場の失敗の原因の一つとしてよく挙げられますが、インターネットの普及で、情報の非対称性は是正されていると思います。マスメディアがホリエモンを持ち上げている時にも、ネットでは、その犯罪性を指摘しているサイトがあったということが、これを示しています。
“間接民主政治は賄賂を授受するという個人的な腐敗ですが直接民主政治は往々にして賄賂それ自体の存在を合法化する又は情報を隠蔽すると言う手段によって政治家個人の腐敗が政治社会全体の腐敗へと驀進するからです。”
これは、逆です。政治家個人の腐敗が国家の腐敗になるのは、その政治家に大きな権力があるからであって、これを防ぐには、意思決定を分権化することが必要です。
>これを防ぐには、意思決定を分権化することが必要です。
意思決定力を最も持つ階級は知識階層だと言われます。
日本で言えば大学知識層、マスメディア層、企業研究所などです。
果たして日本のこれらの人々の意思決定は分散されていますか?
体育会系のノリを持つライブドアのような企業で上層部に対して
意思決定権を持たない事はやむ終えないかもしれない。しかし
ながら大学関係者や医師、メディア関係者のような一般社会よ
り意思決定が分散(個人主義)であるべき場所が日本ではそれ
が実現していません。何故、欧米に比してそれらが分散してい
ないのか?それは歴史によって培われた文化慣習だと思います。
私の考えではこれから大学や企業などの分散化は確実に進む
と思います。問題なのがその最大構成者達の思想です。恐ら
く彼らは民主主義的な思想土台は持たない可能性が高いので
ないだろうか。民主政治の対極にあるのは神権政治といわれ
ています。神権政治にならない為にそのベクトルをそらすと
そこに現れてくるのはレスター・C・サローの新刊である知
識・資本主義(Fortune Favors The Bold)となるのでしょう。
しかし、その政治生態は高度に流動的で国境を越える存在
によって指導されます。(What We Must do to Build A New
and Lasting Global Prosperity)政治形態も変化します。
国民経済国民政治形態からより知識資本主義に近い政治形態
を迅速に確立しなければならずそれをしなければサローに
いわせれば「だが、飛び込もうとしない者は、常に失敗す
る」という状態になります。富も知も移動の自由でさえも
選別される。私は12ヶ国でビザ無し特権を得ています。
海外の同クラスも同じです。直接民主主義はノムヒョン韓
国や小泉日本を生み出しました。真の恐怖は先食い政策に
よってそのツケがこれから襲う事です。一歩間違えれば、
神権政治(オウム)という非常に高いリスクを作りました。
幸いな事に韓国より日本の政治体制が間接選挙体制だった
為にその被害は押させる事ができたと私は考えています。
たしかに、韓国の政治はひどいですけれども、北朝鮮よりかはましです。韓国と北朝鮮は、同じ「歴史によって培われた文化慣習」を持っていますが、政治制度を民主化すれば、経済その他も多少は良くなります。
連日、メディアではライブドアの不正が摘発されています。
これだけ情報が公開されれば同じような犯罪は減少するのでし
ょうか? また、騙される投資家は少なくなるのでしょうか?
かなり高い授業料を今回は必用とすると考えています。
“プロであれば有価証券報告書を調べるだけでも、同社のいかがわしさが十分わかったということであるならば、これまでライブドアの株主や一般投資家にそうした情報が伝わっていたのか、証券会社やアナリストはちゃんと企業を分析しているのかという問題になる。「株式投資は自己責任」というのであれば、市場関係者は正確な財務データとリスク情報を投資家に提供する義務があるのではないか。「まさか粉飾をしているとは思わなかった」とは言い訳できないだろう。実際、山根氏のように問題を指摘する人もいたのだから。 ”
http://nikkeibp.jp/sj2005/report/74/03.html
もしも、インターネットがなければ、山根さんが脚光を浴びることもなかったでしょう。最近、マスメディアの限界をいろいろなところで感じています。
私はポリュビオスと同じく政体循環論者です。
少数派(ミニコミ)が正しく、多数派(マスコミ)が
間違っている場合は民主主義は正常には稼動しません。
衆愚体制(正常派が少数)では株式市場は人気投票の
賭博場となり議会はコロセウム的【劇場】となります。
しかし、正しい(強い)間違っている(弱い)という
土台は変わりませんので正しい意見が時間の経過とと
もに強くなります。そうして政体は変化していきます。
まだ日本の政治が正常になるまで時間が必要でしょう。
まずは知識の根源である大学や知識集団の建て直し、
次に宣伝部隊であるメディアの再構築が必要です。
その後、初めて衆愚政治が終わると考えています。
民主主義が衆愚政治かという疑問は、有権者の選択が政治に反映される応答速度の遅さから来るのではないでしょうか。応答速度が遅い為、有権者は選択に対する結果を正確に関連付ける事が出来ないのでは、と思いました。また、正直私は3回前の総選挙で誰に投票したか覚えていません。
この問題は、直接民主制によってのみしか解決されないように思いますが、インターネットの普及によりこういった選択も現実的になってきているのではないでしょうか。
>民主主義というのは、株式会社における株主重視と同じ原理です。
>取締役が、資金を投じた株主の意向に従わなければならないように、
>国家の指導者は、税金を納めている国民の意向に従わなければなりません。
いいえ、そうじゃないと思います。
株主というのは、会社の所有者ですが、経営者ではありません。
これは、株主には、経営の意思や能力が無いため、合理的に会社を活動させるためにはプロである取締役に委ねたほうが適切であろうという発想に基づきます。
会社の経営方針をオーナーが決めることができるのは、小さな会社の場合だけです。
トヨタ自動車が株主に販売台数を決めさせてますか?
小泉総理の行った、国民の意思に従うために衆議院を解散させるという詭弁は、代議制民主主義の否定です。
代議制民主主義というのは、単なる多数決では、多数の者が横暴で、少数を虐げるという施政に走りやすいために、なんとか話し合いを可能にしようと過去の先人たちが知恵を絞って考え出した制度です。
郵政選挙の結果は、言うまでもなく多数の横暴で終わったと私は思っています。
もうこの件は完全に手遅れですが、一度、真面目に政治史を勉強してみてください。
今回の騒動が、将来の日本の政治史に汚点として残る出来事であったことが分かると思いますから。
追伸:国民の意見重視の小泉総理が、世論の反対を無視してイラクに自衛隊を派遣したり、福井日銀総裁に辞任を求める国民の声を無視しかばう姿を見て、滑稽だと思いませんか?
“株主というのは、会社の所有者ですが、経営者ではありません。これは、株主には、経営の意思や能力が無いため、合理的に会社を活動させるためにはプロである取締役に委ねたほうが適切であろうという発想に基づきます。”
“国民の意見重視の小泉総理が、世論の反対を無視してイラクに自衛隊を派遣したり、福井日銀総裁に辞任を求める国民の声を無視しかばう姿を見て、滑稽だと思いませんか?”
この二つの文章は、対立することを主張しています。株主主権と民主主義は異なるといいたのですか。
いや、郵政民営化はもう過ぎ去った話題なので、レスをもらえるとは思いませんでした。
>“株主というのは、会社の所有者ですが、経営者ではありません。
>これは、株主には、経営の意思や能力が無いため、合理的に会社を活動させるためにはプロである取締役に委ねたほうが適切であろうという発想に基づきます。”
>“国民の意見重視の小泉総理が、世論の反対を無視してイラクに自衛隊を派遣したり、福井日銀総裁に辞任を求める国民の声を無視しかばう姿を見て、滑稽だと思いませんか?”
>この二つの文章は、対立することを主張しています。株主主権と民主主義は異なるといいたのですか。
対立することを主張…とは?
私の自分自身の考えは、取締役に対する株主と同様に国民も、内政や外交にそれほど判断能力があるわけではないのだから、(憲法に明記された憲法改正の際の国民投票等の一部の例外を除き)政策決定に関与すべきではないという立場で一貫していると思うんですが?
(こう考えないと、国家が議会制民主主義を採った意味が理解できないので)
一方、貴方の場合は、上のほうの書き込みから考えると、直接何でも国民が決めるほうが望ましいというお考えなんですよね?
だから、郵政民営化も正しいんだと言いたいんでしょう?
だけど小泉総理は郵政選挙の時のポーズと違って、実はどっちでもなく、自己正当化の方便として、ある時は「国民の意思に従って」と言い、またある時は「世論も間違うことがある」と、使い分けているだけだった…、滑稽な姿ですね、と言いたかったわけです。
“私の自分自身の考えは、取締役に対する株主と同様に国民も、内政や外交にそれほど判断能力があるわけではないのだから、(憲法に明記された憲法改正の際の国民投票等の一部の例外を除き)政策決定に関与すべきではないという立場で一貫している”
わかりました。つまり、あなたは、小泉首相が、世論の反対を無視してイラクに自衛隊を派遣したり、福井日銀総裁に辞任を求める国民の声を無視したことは正しかったと考えているということですね。
今、目次を見て初めて気付いたんですが…
>『間接民主主義から直接民主主義へ』
>「もしも、議員が、世論の動向で判断を変える、たんなる民意の伝達者にすぎないのならば、その議員を、維持費がもっと安くて、かつ確実に民意を伝えるネットの回線で置き換えた方がよいだろう。私は、「インターネットによる直接民主主義」で、《人を選ぶ選挙》よりも《法案を選ぶ選挙》をやれと主張したが、今回の選挙を見て、ますますその思いを強くした。」
貴方はこういうお考えの持ち主だったんですね。
いやあ、これじゃぁ私と考え方が合わないわけだ。
『多数決ですべてを決めるのは多数決主義的民主主義と言って、少数者の意見・利益を無視した結果になりがちである。
最終的には多数決にならざるを得ないとしても、少数者の意見・利益を尊重するためには、討論が不可欠であり、それを実現するためには、大きな組織であればあるほど、それぞれの意見を持つ者の中から代表者を選び、その討論を経て結果を出さざるを得ない。
しかし、そうしてこそ初めて、少数者の意見・利益にも配慮した立憲民主主義を実現できるのだ。』
私は憲法を学問として学んだとき、こういう考えに触れなるほどなと思ったものです。
多数の者の意見のほうこそ間違っていて、少数者の意見のほうが、正しいことも往々にしてあるものですからね。
歴史的事実か怪しいとは思いますけど、小泉総理が喩えに出したガリレオ・ガリレイの地動説の逸話など、まさにそれですよね。
>わかりました。
>つまり、あなたは、小泉首相が、世論の反対を無視してイラクに自衛隊を派遣したり、福井日銀総裁に辞任を求める国民の声を無視したことは正しかったと考えているということですね。
ええ。
国民が間接的ではあるにせよ、彼を首相にした以上、それは受け入れざるを得ないでしょうね。
直接民主制の場合、集団ヒステリーを煽れば、もっと酷い状態になるでしょうし。
私個人は反対ですし、正直、彼のような人間に投票する有権者の気がしれませんが。
間接民主主義では、少数派のエゴが尊重されますが、これは多数派のエゴの尊重よりももっと好ましくありません。これについては、
◎ 民主主義のパラドックス
http://www.nagaitosiya.com/a/democracy.html
をご覧ください。
エゴを防ぐには、できるだけオープンに議論をする必要があります。直接民主主義では、より多くの人が政治に関心を持つようになり、より多くの人が議論に加わることで、エゴを主張する利権政治が難しくなるでしょう。