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アクア説

[人類水生進化説(アクア説) | しんりの手 :psych NOTe (米国心理学部院から)] に対するコメント。「しんりの手」は、アメリカの大学院で心理学を学んでいる綺麗山さんが心理学系の論文を紹介するブログです。日本の一般人には、アメリカの学術論文に接する機会があまりないので、このブログは貴重です。

人類は水生生物と似た性質を持っていて、サルは持っていない、はざっとこんな点だ。 ①体毛の喪失。②皮下に脂肪がある。③処女膜を保有。④脂肪分泌の多さ。⑤鼻毛の損失。⑥意識的に呼吸を制御できる。⑦汗による体温の制御。⑧(水中での息継ぎを意識的に制御するための)喉頭の下降。

このうち「処女膜を保有」「意識的に呼吸を制御できる」「喉頭の下降」は、たぶん水中生活とは関係がないと私は思います。また「汗による体温の制御」は、体毛を失った結果で、水中生活に適応するためではありません。モーガンは「鼻毛の損失」について語っていたでしょうか。そもそも人は、鼻毛を失っていないと思うのですけれども。

局所での変化。変化というのは局所的なものの方がより簡単に起こる。例えば国全体を変えるのは難しいけど、村一つならより簡単に変えられる。進化(種の変化)でも世界中に散らばったその種を変化させるにはより多くの世代の交配を必要とするけれど、一地域の変化ならより少ない世代の交配で変化が完了する。アクア説の提唱者のモーガンはこのヒトへの変化がアフリカのある隔離された地域で短期に起こったと考えている。

私たちの祖先の一部がヒトとなり、他はチンパンジーになったのだから、進化が種全体で起きたのではないのは、当然ではないでしょうか。モーガンの主張のポイントは、ヒトは自発的に水の中に入っていったのではなくて、アファール三角地帯での洪水により、やむをえず水の中で生活をしなければならなくなったというところにあるのだと思います。

モーガンは、ヒトが住んでいた海は、乾燥化によってすべてアフリカの内陸湖となり、しかもその塩湖は、干上がって塩辛くなりすぎたので、ヒトは陸上生活を余儀なくされたと説明する。海は、濃縮しなくてもヒトにとって十分塩辛すぎるという点は措くとして、海辺に住むことができるようになったヒトが、なぜ長年アフリカ内陸の海にしかいなかったのかは、きわめて疑問である。ヒトが淡水に生息していたとするのなら、なぜ初期人類がアフリカから脱出するのに長い年月を要したのかを説明できる。

もしヒトが内陸湖や川のほとりに住んでいたとするならば、300万年前から始まった乾燥化で水が干上がってしまい、陸上生活を強いられるというシナリオを想定することができる。完全に干上がらなくても、面積が狭くなると競争が激しくなるので、水辺を放棄せざるを得ない個体が出てくる。だが、モーガンが人類発祥の地と想定するアファール三角地帯は、インド洋に接しているので、乾燥化に伴って海岸線が後退しても、生息可能な海辺は依然豊富に存在するわけだから、海辺での生活を放棄しなければならない必然性は何もない。

なお、アクア説を批判するサイトとして、Jim Moore さんによる“Aquatic Ape Theory (AAT): Sink or Swim?”というサイトがあります。私は、これを読んでかなり刺激を受け、“The Aquatic Ape Hypothesis”と“The Scars of Evolution”を読み直しました。その結果、モーガンが言っていることには、かなり間違いがあることに気づきましたが、それでも水中進化説は正しいと今でも思っています。なお、これを機会に、「ヒトは海辺で進化したのか」を書き直しました。旧バージョンは、『エントロピーの理論』の中に残っています。

◎ 新バージョン:ヒトは海辺で進化したのか

◎ 旧バージョン:どうしてヒトは人となったのか

[投稿者:永井俊哉|公開日:2005年5月14日|コメント:0個]
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