読書備忘録
J.A. Chapman, S.A. Drury, R.C.L. Wilson の共著『氷河期-気候変動と生命』を読んで考えたことの覚書。現氷河期はいつから始まったのか、氷河期の氷期/間氷期のサイクルは何によって決まるのか、ヤンガードリアス事件は全地球的現象だったのか、熱塩循環が気候にもたらす影響は何であるのかなど。
安田喜憲は理学博士であるが、環境考古学の視点から、人文科学の分野にも積極的な発言をしている。『森の日本文化―縄文から未来へ』もそうした本の一冊である。この本を手がかりに、邪馬台国や神武東征など、日本古代史の問題を再検討しよう。
ファルスがたんなるペニスではなく、無のシニフィアンであるというのは、どういう意味なのか。私たちが、自分自身を同一化しようとするファルスとは、どのような存在者なのか。1961-62年に行われたジャック・ラカンのセミネール『同一化』を手がかりに、トポロジカルに考えてみよう。
燃料電池は、自動車の次世代エンジンとして脚光を集めたが、最初の実用化は、携帯機器のバッテリーから始まりそうだ。理由は、携帯機器の既存のバッテリーは、電力単価が高く、寿命も短く、電池容量に限界があるから、比較的勝ち目があるからだ。 日経BP社が編集した『燃料電池2006』 には、最新の燃料電池技術が多数紹介されているが、その中で、私が個人的に興味を持ったものをいくつか紹介して、論評したい。
福祉国家と社会主義の崩壊により、個人単位での貧富の格差が増大しつつある。それにともなって、ビジネスのあり方も、大衆のために安く大量に商品を作るフォーでリズム的なやり方よりも、金持ちのために高額な商品を少量作る前近代的なやり方のほうが有望になっている。そんな時代の流れを反映して『日本の富裕層』という本が出た。この本を参考に、日本経済の活性化のための一案を考えてみた。
『エントロピーの法則』の著者として有名なジェレミー・リフキンは、『水素エコノミー―エネルギー・ウェブの時代』で、インターネット革命の成功をモデルに、石油の燃焼による動力発電から水素の利用による燃料電池発電への移行を説いている。彼のアナロジーはどこまで正しいのか、彼の水素経済のモデルに問題はないのかを検討しよう。
第二次世界大戦は、枢軸国の敗北に終わったが、日本が犯したある一つの間違いさえなければ、あの戦争は、枢軸国の勝利に終わっただろう。どうすれば、枢軸国が勝つことができたのか、佐藤晃の『太平洋に消えた勝機』を手掛かりに考えよう。
イスラム教は、信者の数が、キリスト教についで世界で二番目に多い世界宗教である。にもかかわらず、なぜイスラム教は、仏教やキリスト教などの他の外来宗教とは異なって、日本で信者をほとんど確保することができないのか。小室直樹の『日本人のためのイスラム原論』を読みながら、考えよう。
ハラキリは、海外の辞典にも載っているぐらい有名な、日本人の伝統的な自殺の方法である。なぜ苦しいだけでなかなか死なない、こんな非効率な自殺の方法が、名誉ある死に方として尊重されたのか。千葉徳爾が『日本人はなぜ切腹するのか』で提示したのとは異なる、新たな仮説で、切腹の謎に迫ってみたい。
アメリカでは、70年代以降、貧富の格差が広がっているが、日本でも80年代以降、同じ現象が起きている。社会主義経済が崩壊し、市場経済が勝利をおさめ、いまやグローバリゼーションの波が世界中を覆っているわけだが、これは人類にとって好ましい現象なのだろうか。レスター・サローの『資本主義の未来』の問題提起に答えよう。
日本がアメリカの政治的従属国であることはよく知られている。アメリカ主導の世界標準の押し付けを日本は拒否するべきなのか否か、『拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる』を読みながら、日本の将来の進路を考えよう。
間接的アプローチとは、「20世紀のクラウゼヴィッツ」と評される、イギリスの著名な戦略研究家・戦史研究家、リデル・ハートが提唱した戦略である。日本のような戦争を放棄している国で軍事的戦略を勉強してもあまり意味はないが、リデル・ハートの戦略論を経営に応用しようとする人ならたくさんいる。彼が主著『戦略論―間接的アプローチ』で提唱する「間接的アプローチ」をビジネスに応用するとどういうことになるのかを考えてみよう。
アブダビは、ペルシャ湾南部に面するアラブ首長国連合(UAE)の首都である。日本人の中には、アラブ首長国連合という国名すら知らない人も少なくないが、アラブ首長国連合からの原油輸入量は、日本の全原油輸入量の24%を占め、国単位では最も多い(1991年度現在)。だから、アラブ首長国連合は、実は、日本にとってきわめて重要な国である。モハメッド・アルファフィン著の『ぼろから富へ:アブダビ物語』を読んで、この有名でない国の有名でない歴史を学ぼう。
現在、地球では、毎年600万ヘクタールもの土地が沙漠になっているという。地球の沙漠化の根本的な原因は何か。沙漠化を阻止するにはどうすればよいのか。赤木祥彦が『沙漠化とその対策―乾燥地帯の環境問題』で挙げている諸原因を整理しながら、考えよう。
アメリカはイラク戦争の失敗で世界の顰蹙をかった。アメリカはもはや、世界の指導者としての資格がないと感じる人が増えている。そういう感情に受けたのか、トッドの『帝国以後―アメリカ・システムの崩壊』は世界的なベストセラーとなった。はたして、トッドが言うように、アメリカの覇権は本当に崩壊したのだろうか。
私が大学を去ってから10年程が経つ。大学淘汰の時代を迎え、少しは改革が進んでいるのかと思っていたが、『大学教授は虚業家か―学園のいびつな素顔』を読むと、根本的な問題は何も解決していないという印象を得る。沈み行くタイタニックの甲板上で椅子取り合戦をしている教授たちを見ていると、もっと本格的な淘汰が必要なのではないかと思ってしまう。
国土交通省が推し進める観光立国政策の理論的立役者である藤原直哉は、今後日本経済は、日銀の紙幣乱発のおかげで、ハイパーインフレとなり、資本主義と市場経済が崩壊すると予言し、日本の主要産業を観光と農業にせよと提言する。藤原の主張は正しいのか。『崩壊から再生への大潮流―経済がよくわかる本』を検討しながら、考えよう。
無形化世界とは、1970年代以降の情報化の時代を迎えた世界のことである。冷戦も雪解けを迎え、古典的な有形の戦争が減る中、経済戦争や知的ヘゲモニーの争奪戦やメディア合戦といった目に見えない形での戦争が熾烈になっていく。これらの無形の戦争は、別の手段を以ってする有形の戦争の継続に過ぎないのか。長沼伸一郎の『無形化世界の力学と戦略―理系からの解析は戦略と地政学をどう変えるか』を読みながら考えよう。
諏訪地方では、御柱祭りで、木落しという、死者がしばしば出る危険な行事が行われる。この古い祭りの本当の意味は何か。梅原猛の『日本冒険』を読みながら、柱や橋の語源をアイヌ語にまで求めつつ、縄文時代の死生観や宇宙観を考えてみよう。
竜宮伝説はしばしば機織姫の物語を伴う。なぜ機織姫が竜女になるのか。日本では、鶴女房が機織姫の話として有名である。浦島物語での亀の恩返しと鶴女房での鶴の恩返しには、どのような関係があるのか。『竜蛇神と機織姫―文明を織りなす昔話の女たち』を読みながら考えよう。
龍(ドラゴン)神話は、洋の東西を問わず、どこにでもある。西洋では、竜は退治される存在でしかないが、なぜ東洋では龍が崇められるのか。竜信仰と蛇信仰は同じなのか。なぜ宇宙の開闢は、暗い水の中にいる龍退治から始まるのかといったことを考えながら荒川紘の『龍の起源』を読もう。
なぜ、私たちの心はしばしば病むのか。フロイトの『精神分析学入門』を読みながら、考えよう。この本は、一般向けに書かれた入門書で、内容は深くないが、フロイトの理論全体を概観するには都合の良い本である。この本を読めば、神経症の本質がよく理解できる。
ギリシャや日本には、なぜ男性同性愛の習慣があったのだろうか。私は、その本質は、ファリック・マザーへのナルシシスティックな幻想だと思う。フロイトの論文集『性欲論三篇』を読みながら、ファリック・マザーについて考えよう。
プラトンは、主著『国家』で、正義とは何かを探求した。身体以外の所有物の否定、妻子共有制、民主主義を否定する哲人政治など、プラトンが思い描く理想郷は、現代の私たちには受け入れがたい共産主義的独裁体制なのだが、正義とは何かに関する彼の哲学的考察は、現代人が正しい国家を考える上でも、参考になる。
イエス・キリストは、なぜスケープゴートとして屠られなければならないのか。なぜ十字架は、キリスト教徒にとって、忌まわしい思い出ではなく、信仰の象徴たりうるのか。イエスの復活はどのように成されたのか。『新約聖書』を読みながら考えよう。
ユダヤ人が1948年にイスラエルを建国して以来、中東では戦火とテロが絶えることがない。ユダヤ人は、なぜ平気でアラブ人から土地を奪うことができるのか。彼らの行為を正当化するユダヤ教の正典『旧約聖書』を読みながら、ユダヤ人たちの選民思想を検討しよう。
予備知識なしで『聖書』を読んでも、ほとんどの日本人には、その意味が理解できない。具体的な、わかりやすい話も出てくるが、その寓話を通して、どのようなメッセージが送られているのかまでを読み取らなければならない。『聖書を読みとく―天地創造からバベルの塔まで』を参考に、聖書の本質がどこにあるのかを考えよう。
哺乳動物の毛皮には、温度調節、保湿、紫外線遮断などの機能があり、突然変異によって、毛皮を失った個体がたまたま生まれても、子孫を残さずに死滅する。では、なぜ人間は、他の霊長類とは異なって裸となりえたのか。島泰三が『はだかの起原―不適者は生きのびる』で提唱した新たな仮説の妥当性を検討しよう。
『古事記』には、多くの異界訪問の神話が含まれている。あの世に逝ったり、蘇ったりするというのはどういうことなのか。禊はなぜ必要なのか。因幡のしろうさぎの物語が何を意味しているのか。こうした問題を考えながら読んでみよう
アマテラスは、太陽の女神にして、天皇家の祖先であり、現在は伊勢神宮で祭られている。筑紫申真は、『アマテラスの誕生』で、アマテラスは、『記紀』が編集された頃、持統天皇をモデルにして作られた新しい神にすぎないと主張している。しかし、私は、アマテラス=卑弥呼説に基づいて、この説を批判したい。
「竹島の日」制定をきっかけに、韓国人の反日感情が燃え上がった。なぜ韓国の反日活動家は、これほどまでに日本人を嫌い、被害妄想を膨らませるのだろうか。福原泰平の『ラカン―鏡像段階』を手掛かりに考えてみよう。
文明以前の古代エジプトにはどのような宗教があったのか。ピラミッドは何のために建造されたのか。出エジプトに描かれているモーセの奇跡は史実だったのか。『吉村作治の古代エジプト講義録』を読みながら、考えてみよう。
古代エジプトは、母権社会的な色彩が強かった。このことは、ファラオ(男性)による統治と太陽崇拝に矛盾しないのか。吉村作治の『ファラオと死者の書―古代エジプト人の死生観』を読みながら、考えよう。
最古の文明である古代メソポタミア文明での神話は、日本の神話にどのような影響を与えたか、岡田明子と小林登志子の共著『古代メソポタミアの神々―世界最古の「王と神の饗宴」』を読みながら、考えてみよう。
BC3500年ごろに世界最古の都市文明を築いたシュメール人は、BC2004年にウル第三王朝が滅亡した後、歴史の表舞台から消えたと言われていたが、実は、その後、日本列島に上陸し、弥生人になったという説がある。江戸時代に来日したエンゲルベルト・ケンペルが最初に唱え、戦前から熱心な支持者がいる日本人シュメール起源説は本当だろうか。岩田明が『十六菊花紋の謎―日本民族の源流を探る』で挙げる根拠を検討しながら考えてみよう。
柿本人麻呂は、持統・文武両天皇に仕えた宮廷歌人であり、歌聖として崇められた。柿本人麻呂を神として祀った神社は全国に多数ある。そして、梅原猛の『水底の歌』によれば、このことは、柿本人麻呂が非業の死を遂げたということを暗示している。
フロイトは、『トーテムとタブー』において、「個体発生は系統発生を繰り返す」というテーゼのもと、エディプス・コンプレックスの理論を用いてトーテムのタブーを説明しようとするのだが、トーテムは、プリミティブな社会において、本当に父親として表象されていたのだろうか。




